35年ぶりの新記録樹立、Hideさんインタビュー

ばる

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1969年に初めて24時間の壁が破られた、自転車による「東京大阪タイムトライアル」。

1970年台から80年台前半は、血気盛んなサイクリストたちにより記録が何度も塗り替えられました。しかし、1982年の大塚和平さん・井手一仁さんの二人が叩き出した19時間45分という記録以降は更新がパタリと止まります。「もう誰も塗り替えられない記録」と多くの人が思ったからではないでしょうか。挑戦する気にすらならないほどの大記録です。

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しかし、2017年12月27日。この日、塗り替えられないと思われた記録が、実に35年ぶりに塗り替えられました

そのタイム、なんと19時間21分。それまでの最速記録を20分以上も更新してしまいました。

その途轍もない記録を出したキャノンボーラーの名は、Hideさん(@transamhide)。「国内最速のロングライダーは誰か?」と言う話題なら必ず名前のあがるうちの一人であり、キャノンボールの達成数もおそらく歴代最多の人物です。

本記事では、そんなHideさんにインタビューを通して迫ります。記録更新の裏にあったのは、綿密な計画と徹底的な効率化でした。


Hideさんプロフィール


1968年6月1日、東京都調布市生まれ、武蔵野市在住。176cm/62kg。FTPは304W。前述の記録達成時は49歳でした。これは、少し前ならばキャノボの最年長達成記録だった年齢です(現在はもっと年上での達成報告がある)。

年間の走行距離は25000kmと、非競技者としてはかなり多め。スマートローラー(Tacx Neoを使用)によるトレーニングも多用しているそうです。Zwiftではなく、負荷一定でトレーニングが出来るTacxのトレーニングアプリを愛用。

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調布に生まれたHideさんは、6歳で三鷹に引っ越し。生活の足として自転車を使い始め、中学校時代にはランドナーを乗り回していたそうです。

社会人になってからはウインドサーフィン一筋(15年間)。ただ、結婚して子供が出来て時間の制約が増えたため、再び自転車へ帰ってきたとのことでした。

最初に乗っていたのはクロスバイク。当時、台湾への出張が多かったそうですが、週末にゴルフに誘われても興味が持てず。何回か行くうちに、現地の社長やお客さんに自転車趣味の人が多く、誘われて一緒に走るように。一台目のロードバイクは当然、台湾一のブランドであるGIANTのTCR ADVANCED。Hideさんは何台かロードをお持ちですが、全てGIANT(大半が台湾購入)で揃えておられます。


キャノンボールとの出会い


実はHideさんがキャノボを知ったのは、当ブログからだそうです。私もインタビューをするまで知りませんでした。ロングライドに興味を持ったのは、米津一成さんの名著「自転車で遠くへ行きたい。」だったとのことです。この本は私も何度も読みました。

2012年8月。「まずはやってみないと何もわからない」と考えたHideさんは、初の大阪行きを決行します。スタートは自宅からほど近い三鷹市。伊賀経由でゴールは新大阪駅。当ブログを参考にコースを検討したそうです。

結果は、35時間26分で完走。愛知県の安城手前あたりで疲労と眠気に耐えられなくなり、ホテルに泊まったそうです。今や19時間台で東京大阪間を駆け抜けるHideさんにも、こんな時代があったのでした。

しかし、この挑戦で勘所を掴んだHideさんは、一年後の2013年9月に再挑戦。今度は大阪出発に変更し、22時間36分の好タイムで自宅のある武蔵野市に辿り着きました。たった一回の挑戦で反省点を洗い出し、それを次回までに潰してきている所はさすがです。

そして、なんとその10日後、Hideさんは当時ほとんど達成者のいなかった中山道ルートのキャノボ(東京・日本橋~大阪・梅田新道)に挑戦。こちらも23時間28分で見事達成されています。「東京・日本橋~大阪・梅田」をゴールとする近代の基準に当てはめると、Hideさんの最初のキャノボ達成は、東海道ルートではなく中山道ルートだったことになります。さすが新記録を出す男は普通ではありません。

その後もHideさんの「キャノンボール熱」は加速。ルートを変え、車種を変え、挑戦を重ねていきました。その挑戦の歴史を以下の表に纏めました。

出発日出発到着地経由時間結果車種備考
2013/09/21東京・日本橋大阪・梅田中山道(R20)23:28達成TCRAD-
2014/02/11大阪・梅田東京・日本橋東海道(箱根)24:36完走DefyADSL向風
2014/10/17大阪・梅田山梨・大月中山道(旧道)21:49DNFDefyADSL向風、寒さ
2014/11/21大阪・梅田静岡・三島東海道24:27DNFTCRADパンク多数
2014/12/12大阪・梅田東京・日本橋東海道(箱根)21:35達成ESCAPER3クロスバイク初の達成
2015/04/30東京・日本橋大阪・梅田中山道(旧道)23:01達成DefyADSL-
2015/05/20大阪・梅田東京・日本橋東海道(箱根)20:53達成TCRAD-
2016/08/04東京・日本橋大阪・梅田中山道(R20)22:41達成BikeFriday-
2016/10/07東京・日本橋大阪・梅田中山道(フル)22:07達成TCRADSL-
2017/12/26大阪・梅田東京・日本橋東海道(R246)19:21達成TCRADSL歴代最速タイム
2018/10/28東京・日本橋大阪・梅田中山道(フル)23:22達成BikeFridayパンク、向風
2019/01/02大阪・梅田東京・日本橋東海道(冷川)24:56完走PropelAD距離591km(最長)


12回挑戦し、達成8回。その達成の中には、初のクロスバイク達成、初のフル中山道ルート達成、そしてもちろん歴代最速での達成も含まれています。数だけではなく、内容においても、ここまでキャノボをやり尽くした人は他にいないでしょう。


最速記録はいかにして生まれたのか


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記録更新から約半月後の2018年1月14日、Hideさんにインタビューをお願いしました。場所は、矢野口のCROSS COFEE。オーダージャージ会社のチャンピオンシステムが運営するカフェです。

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Hideさんはリラックスした表情で、記録更新時の様子を振り返ってくれました。

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2017年12月25日。クリスマスのこの日、天気図を見たHideさんはこう思ったそうです。

  「2年間待っていた天気図だ!」
  
先述のように、Hideさんはウインドサーフィンを15年やっておられました。風を読むことが必須である競技のため、天気図を読む能力は必須。その知識をキャノボにも活かしたわけです。

――この天気図なら、自己記録を更新できる。そう思ったHideさんは、即座に大阪へと飛びました。

通常、多くの人は真冬のキャノボを避けます。気温が低いと空気抵抗は大きいですし、防寒具を着込むため更に空気抵抗は増えます。体温を保つために補給も多めに取らねばなりません。ただ、真冬は「安定した強い西風が吹く」という特徴もあります。それをHideさんは狙っていたのです。

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防寒具については研究を重ね、空気抵抗が少なく動きやすく、更に体温を十分に保てる冬用ウェアを厳選。補給については、粉飴(マルトデキストリン)にBCAA(マンゴー味)を配合したオリジナルドリンクを飲み続けることで解決したそうです。写真が、その「粉飴+BCAA」。これをいくつも持って走り、必要なときに自販機や公園で水を入手し、コンビニ休憩を極限まで減らすことも狙ったとのこと。

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2017年12月26日 5:24、大阪・梅田新道をスタート。注目したいのは装備のシンプルさ。サドルバッグがありません。フレームバッグとツールボトルのみです。

大阪市内のルートは、国号1号線の高架下を通るルートを選択。少しでもショートカットをするためとのこと。そこからは伊賀越えのR163~R25ルートへ。変わっているのは、R1に合流直後に関宿の旧街道を抜けていること。走りにくい道ではありますが、距離が800mほど短くなるのが理由だそうです。こうして地味に距離を削り、この時のコース距離は514kmまで詰められていました。

名古屋周辺のルートはR23をチョイス。最近でこそ使う人が増えましたが、少し前まではR23は謎のベールに包まれていました。距離にして5km以上短縮が可能ですが、自転車通行禁止の箇所もあり、初見では難しいルートです。Hideさんはこの道もあらかじめ試走していました。

狙い通りの追い風に恵まれ、沼津までの384kmを14時間13分という驚異的なタイムで走りきったHideさん。ここからは箱根を登らず、御殿場を抜ける、いわゆるR246ルートへ入ります。Hideさん曰く、

  「箱根だと追い風が生かせない。
   R246ルートだと、勾配も緩く、上りでも追い風が活かせる。」

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そして、御殿場でなんとはじめてのコンビニ休憩。大体5-8回のコンビニ休憩がキャノボ達成者のボリュームゾーン。しかし、Hideさんは御殿場までの400kmを、手持ちの補給食と自販機で購入した飲み物のみで補ってきたことになります。トイレはルート近くの公衆トイレや公園のトイレで済ませていたそうです。こうしたルートの周辺施設を把握しておくのもキャノボ攻略のポイントの一つですね。

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こちらの写真は、R246の鷺沼辺りで応援した際に撮った写真です。Hideさんは、私の目の前をものすごい速さで駆け抜けていきました。終盤とは思えません。その後、都内の信号峠に捕まってペースを落としながらも、最後まで快調な走りは続きました。

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そして日付変わって12月27日 0:45、東京・日本橋にゴール! ここに、19時間21分という驚異的な記録が生まれました。

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ゴール直後のeTrexの画面。トンネル等でGPSをロストすると時間が止まる仕様により、3分ほど時間が少なく出ているそうです。こうしたサイクルコンピューターの表示項目もなかなか興味深いですね。


記録更新時の機材


記録更新時と同じ装備でインタビューに来て頂きました。

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フレームは、GIANT TCR ADVANCED SLを選択。

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ホイールは、BONTRAGERのアイオロスのチューブラー。タイヤはCONTINENTAL GP4000s TUの22C。なかなかロングライドでは考えられない攻めの機材です。

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バッグ類は、フレームバッグとツール缶。ここに補給食と工具類を格納。ボトルはシングルボトルですが、実は強烈に軽い上に750ml入るGIANTのボトルを使用しています。

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工具も見せてもらいました。なんと、アーレンキーを3本のみ。マイナートラブルは諦める覚悟が見えます。

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ハンドル周りも究極にシンプル。ライトはVolt300の1灯のみ。ベルはライトのバンドに共締め可能なCATEYEのOH-2400。サイコンはGarmin eTrex30xです。

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ウェア類についてもご紹介頂きました。真冬のキャノボをどんなウェアで乗り切ったのか、参考になります。



もちろん雨具はなし。余計なものは持っていません。

なお、心拍計は付けていなかったとのこと。だいたい感覚で分かるそうです。


今後の展望


多種多様なキャノボを行ってきたHideさんに今後の展望を聞いてみました。

キャノボにおいては、「ミニベロでフル中山道ルートのキャノボをやってみたい」……とこの時点ではおっしゃっていたのですが、私が記事化するのが遅れたため、すでにこの目標は2018年10月28日に達成されています。流石。現在は、「600kmの最長距離記録のキャノボ達成」を狙っておられるそうです。

キャノボ以外では、「ソロでのアメリカ横断ライド」が長い間の目標とのこと。Twitterのアカウント名でもある「Transam」は、「Trans America」の略で、その思い入れの強さが伝わってきます。

既に50歳となられたHideさんですが、衰え知らず。素晴らしいですね。


まとめ


Hideさんに、最速記録を更新した感想について聞いてみました。

  「今回はあくまで、自己ベストのタイムを狙ったんです。
   人の記録は全く意識していませんでした。
   人と争うより、自分のベストを追求したいんです。」

   
初めて東京大阪間を24時間以内に走った藤田さんの「記録は自分の中に持っていればいいんですよ」というメッセージと共通した想いを感じます。タイムトライアルの相手は他人ではなく、過去の自分。だからこそ飽きること無く新しいことに挑戦し続けられるのでしょう。


最後に、Hideさんにキャノンボールにおいて重要なものは何かを聞きました。

  「結局の所、一番重要なのはセルフマネジメント能力です。
   何が重要かを見極め、優先度を付けて計画を一つ一つ準備していく。
   走行中も細かな判断の連続ですしね。
   でも、何より重要なのは、自転車が本当に好きであることだと思います。」



綿密な計画と、セルフマネジメント。そして、その裏には尽きることのない自転車への情熱があったのでした。

(完)
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