PBP2019: 本編⑧ Carhaix-Plouguer~BREST(610km)

ばる

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6:45、PC5: Carhaix-Plouguer(521km地点)に到着。

駐輪場に自転車を停め、Controlへ向かう。実はこのPCのクローズ時刻は5:15。ブルべカードにチェックを受けたのは6:50。とっくにクローズ時刻は過ぎていたが、スタッフの方は何も言わずにスタンプを押してくれた。

PBPには色々と「暗黙のルール」が存在するが、「タイムアウトの曖昧さ」もその一つであろう。通常、日本のブルベであれば途中のPCのクローズ時刻に間に合わなければその時点でリタイヤ扱いとなる。ゴール地点まで走ってもそれは変わらない。ただ、慣例として、PBP「ゴール時刻さえ間に合えば途中のPC通過時刻は黙認される」と言われている。実際、過去の大会でも途中のPCでタイムアウトとなりながらも、90時間以内にゴールをしたことで認定された知人もいた。あくまで「慣例」であり、今後もそれが適用されるとは限らないことは強調しておく。

この「ゴール時刻さえ間に合えば」という暗黙のルールは、優しいようでいて参加者にとっては過酷な一面もある。ブルベのPCのクローズ時刻はブルべ参加者として標準的な能力を踏まえて設定されているものである。途中のPCの制限時間にすら間に合ってない参加者が、そこから逆転してゴール時刻に間に合うためには、それ相応の「無理」が要求されることになるはずだ。そして、その無理は焦りを生み、時に深刻な事態を招くことになる。PCのクローズ時刻はそうした深刻な事態を防ぐためのセーフティーネットであるとも言えるが、PBPにはそれが無い。タオルを投げるか投げないかは参加者にゆだねられている。

タオルを投げるべきか否か……頭の中でぐるぐると思考が渦巻いていた。

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空腹がいかんともしがたい具合になっていたので、レストランの列に並ぶ。時間は掛かるが、ここからBRESTまで80㎞。しっかり食べないと持たない。妻は「眠いのであっちで寝てる」とのことで、テーブルの並ぶエリアに消えて行った。


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10分程並び、パスタとパン、ヨーグルトなどを二人分購入した。妻を探すと、窓際の席で机に突っ伏して寝ている。起こすのも悪いので、とりあえず先に食べ始める。パスタはやはり薄味だったので、持参したヒマラヤ岩塩を掛けてみた。……これは美味いぞ! 見た目は良くないが、一気に「美味い」と認識できる味に変わった。

PBPの食事は「塩分が薄い」とされているが、スタート前のフランスの食事は特に塩分の不足は感じなかった。パスタもハムも、日本と変わらない塩分が感じられた。PBPも食事も実は塩分は特に少ないわけではなく、参加者が欲する塩分が多いから「味が薄い」と感じるのかもしれない。とすれば、料理に掛ける塩を持参するソリューションは大正解だったと言える。

間もなく起きた妻のパスタにもヒマラヤ岩塩をたっぷり掛ける。一口食べた妻が「なにこれ美味しい……!」と漏らす。やはり妻も塩分不足に陥っていたようだ。

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食事を食べ終わった所で、私は覚悟の一言を発した。

  「今回はもうやめておくべきだと思う。」

握っていたタオルを、ついに投げた。

既に時刻は7:30を過ぎている。スタートからの経過時間は38時間。ここからBRESTまでの距離は89㎞。そして、PBPにおける最高標高地点を含むこの区間の獲得標高は、全区間で最も多い。ここまでのペースを勘案すると、6時間近くは掛かるはず。BREST到着はスタートから44時間。そこから46時間で果たして復路を走りきれるだろうか。

それは恐らく無理……というのが、私の結論だった。向かい風だった風が追い風になることが期待されるとは言え、パフォーマンスの落ちる復路で往路とほぼ同じペースで走るというのは無理がある。そして妻のこの眠気を晴らすだけの休憩時間を取る余裕もない。このまま進めば居眠りによる落車も起きかねないと判断した。もちろん完走は狙いたいが、それ以上に「無事に帰る」ことを私は選んだのだった。

  「少し休んでからBRESTまでは行こう。
   そこからはTGV一本でパリまでは帰れる。
   残念ながら今回は練習も計画も不十分だった。」


妻は納得が行っていないようだった。それはそうだ。ここまでに掛けてきた時間と熱意を考えれば、リタイヤするという決断は軽く無い。

  「とりあえずトイレに行ってくるから、その間は寝てて。
   その後でもう一回話そう。」


実は結構前から何となく腹が痛く、トイレに行きたかった。早朝の寒さで腹を冷やしたようだ。やはりスポーツ腹巻は必要だったかもしれない。もし次に走る機会があれば持ってこよう。

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PCのトイレには5人ほどの列が出来ていた。見ると、男性用トイレには個室が一つしかない。とはいえ、他にトイレがありそうにも無かったし、BRESTまで持ちそうにも無かったのでしぶしぶ並ぶ。やることもないのでTwitterを見ていると、妻のTweetが最上段に表示された。




妻からのリタイヤ宣言だった。かなり辛い決断をさせてしまったと思う。それに応えて、私もTweetを投稿した。





終わった。終わってしまった。

まだBRESTまであるとは言え、自らの手で終わらせてしまうことへの葛藤はあった。しかし、安全に帰ることには代えられない。

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Tweetを終えてもトイレの列はなかなか進むことは無かった。そこに通りかかったのは、AJたまがわジャージの見覚えのある人物。ぜっとさんだった。

 「あれ、なんでここにまだいるの!?」

彼のスタートは20時。私たちよりも2時間15分遅い。クローズ時刻を大きく過ぎているのにまだCarhaixに留まっている様子に驚いたらしい。

 「うーん、どうも時間的に厳しそうだったので、BRESTまで行ってやめようかなと」
 「……そっか、お疲れ様でした。
  とりあえずこっちも既にクローズは過ぎてるのでここから巻き返すよ!」


20時スタート組のCarhaixのクローズ時刻は7:30。現在時刻は8:00。30分の借金は彼なら返せるだろう。トイレの列から見送った。

その後、同様のやり取りをYO-TAさんとも行う。

 「そういえば、YO-TAさんは前回どこでDNFだったんでしたっけ?」
 「ここです! だからここから先は全て初体験です。」
 「なるほど、頑張ってください!
  でも、そうなるとBRESTでのTGVの乗り方は聞けませんね……」


YO-TAさんも元気にPCを飛び出していった。さて、TGVのチケットの取り方でも調べるか……。

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なんとかトイレで用を足し、妻と合流してCarhaix-Plouguerを出発した。時刻は8:30。先程の読み通りならば、ここからBRESTまでは6時間。14:30ごろの到着になるだろう。

すっかり日は昇り、霧も無くなったCarhaixの街を抜け、ルート最高標高地点であるRoc Travezelへの登りが始まる。最高標高地点と言っても、その標高は350m。高尾山の大垂水峠ほどしか無いが、疲れた身体には結構堪える。


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前を走るイタリア集団。ヘルメットに謎のリボンを結んでいてなんだか楽しそうだった。

しかし、Carhaixを出てからというもの、随分と妻のペースが早い。「ゆっくりBRESTまで行こう」という話だったが、時折私の前に出て引っ張るほど。昼間になって元気が出てきたのだろうか? それとも……。


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最高標高地点、Roc Travezelを通過。電波塔が印象的なポイントだ。

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この場所、標高こそ350mしかないが、すこぶる眺望が良い。日本における標高2000mクラスの風景がたった350m登っただけで見られるのだ。

頂上を越え、長い下りの始まり。ここでも妻は私より先を走る。一体どうしたのだろう。何かに目覚めたのだろうか?

  「ねぇ、これもしかしてワンチャン無いかな?
   ここから逆転出来たりしない?」


あっ、この人、しぶしぶリタイヤ宣言したけれど諦めていない……!! 私の説得に一度は応じたように見えたものの、実のところは諦める気は無かったようだ。Carhaixでしっかり休んだことで体力も回復したのか、前のPCからこのRoc Travezelまでの平均速度はグロスで17.5km/hも出ていた。

  「うーん、どうかな。BRESTまで今のペースを保てたらなんとかなるかもね?」

正直、一度気持ちが切れてしまっていたので、すぐに続きのことを考える気分にはなれなかった。ただ、この素晴らしい時間を終わらせるのは惜しい気持ちもわかる。もう少し走りながら考えてみよう。

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折り返し点、BRESTまでもう少し。そろそろアレが見えてくるはずだが……。


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見えた! BRESTの象徴的存在、プルガステル橋だ。大西洋に注ぐエロルヌ川にかかる美しい橋。今回もここまで辿り着くことが出来たことが素直に嬉しい。象徴的な場所だけあって、写真を撮影している人は多い。私達も例に漏れず、何枚かの写真を撮影した。


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時刻はまだ12:53。恐らくプルガステル橋を渡るのは14時ごろと睨んでいたが、1時間以上早い。これはもしかすると、首の皮一枚繋がっているのかもしれない。

リタイヤか、それとも続行か。この橋を渡れば、折り返し点・BRESTのPCまでは後少しだ。


(つづく)
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