PBP2019: 本編⑯ Villaines-la-Juhel~Mortagne-au-Perche(1097km)

ばる

-
8/21 21:09、PC11: Villaines-la-juhel(1012km地点)に到着。

さすがに遅い時間だったので、昼間に到着したときほどのギャラリーはいなかった。それでもPC入口の大きなゲートと、熱心なギャラリーたちは私たちを出迎えてくれる。子供たちは次々に手を伸ばしてタッチを求めてくる。やはりこの街は最高だ。誰かがPBP参加者の凱旋門はここ!」と言っていたけれど、その通りだと思う。


Fougeresから90kmのグロス平均速度は最終的に17.3km/hと、終盤にしては良い値を保てていた。この区間は89kmで獲得標高910mと、キッチリ登る区間。そこでこの平均速度が保てた意味は大きい。

残り距離は206km。しばしばブルベでは「1ブルベ=200km」という単位が使われるが、ついに残り1ブルベまでやってきた。そして、制限時間である明日11:45までの残り時間は14時間36分。200㎞ブルベの制限時間は13時間半なので、1時間以上の余裕が出てきた。……これは何とかなるのではないだろうか?

これから日没を迎えることを考えると、あと1回は仮眠を取っておきたいところ。次のPCまでの距離は85km。軽く見積もっても到着まで5時間半は掛かる。その時間帯に眠くならないようにするためには、このVillainesで仮眠をしておく必要があるだろう。

 「残り200㎞なので、13時間半残せば完走の可能性が出てくる。
  とりあえずこのPCで22時10分までは仮眠するよ!」


と妻に伝えた。

-----

PBP_lajuel.jpg

まずはControlに赴き、ブルベカードにチェックを貰う。往路はレストランに行って失敗したので、復路はControlと同じ建物にあるカフェ(図の左上)で仮眠を取ることにした。

寝る前に腹ごしらえも済ませておきたかったので、パンとコーヒーを購入。コーヒーは起きた後に飲んで眠気覚ましとする算段だ。ただ、ここで食べたパンはデニッシュ的なもの。タンパク質の量は限りなく少ないはず。前の記事にも書いたように、この時点ではタンパク質の不足には気づいていなかった。ここでタンパク質のあるものを食べていれば……と、後から考えると悔やまれる。

食べ終わったら机の上にレインウェア入りのナップサックを置き、枕代わりにして突っ伏す私。そして、もはや躊躇も無く床に寝る妻。ランドヌール力の差を感じる。タイマーをセットし、間もなく意識が落ちた。

-----

22:00、仮眠終了。妻はまだ寝ていたので、とりあえずコーヒーを飲んでこの後の計画を考える。

22:15に出発したとして残り距離206km/13時間半。普通の200kmブルベならば間に合う。厄介なのは、これが1200㎞ブルベのラスト200㎞であるということ。いつどこで眠くなるか分からない。が、寝ていたらこのペースを保つのは難しい。となると、なるべく頑張って走行時の速度を上げるしかないだろう。出来る事なら次のPCでは寝ず、ラストPCのDREUXで残り3時間まで寝る展開が望ましい。……となると、やはりここから先はまたペースメーカーをやる必要があるだろう。

考えがまとまった所で妻を起こす。かなり深く寝ていたようで、アラームが鳴っているのに気付いていなかった。


カフェを出ようとすると、日本人と見られる人が何か参加者に配っているのが見えた。近づいてみると、

  「おにぎり、食べますか?」

なんと、炊き込みご飯のおにぎりと、アルファ米を配っているとのことだった。せっかくなので炊き込みご飯のおにぎりを頂く。異国の地で食べる日本米。力の湧いてくる味だ。なぜそんなサポートをしてくれているのかは聞き忘れたが、これをもし見ていたら是非お礼を言わせていただきたい。ありがとうございました。とても美味しかったです。

-----

次のPCまでは80kmほどの距離がある。若干の腹痛があるためトイレに行っておきたいが、このPCの仮設トイレは前の記事でも書いたようにとても臭い。どうしようか……と思ったら、カフェ近くにあったスタッフ向けトイレから一人のおじさんが出てきた。交渉したら使わせてもらえないかな?と思い、

  「Can I use this toilet?」

と尋ねる。文章は英語だが、toiletの発音だけフランス風に「トワレット」に変えてみた。おじさんは、周りをキョロキョロみる小芝居をして、「ほら、誰も見てないうちに使え!」と手ぶりで示してくれた。ありがたい。

そしてここのトイレ、素晴らしく綺麗だった。「PCのトイレ=汚い」というイメージがあったが、街のパティスリーなどで貸してもらったトイレはとても綺麗だった。単に、PCのトイレは使用者が多すぎるし、使う側にも余裕が無いためにそうなっているのだろう。無事に用を足すことが出来た。

-----

22:15、PCを出発。今度はちゃんと駐輪した場所を覚えていたので、タイムロスも無く走り出すことが出来た。

PCを出てすぐに山が始まる。ここで、後ろから声を掛けられた。

  「日本の方ですか?」
  「あ、そうです。」


フレームナンバーを見ると、私たちと同じH組の方。同じく残り200㎞を13時間半目安で出発したのだろう。

  「何とか生き残りましたかね~……」
  「まだ分かりませんけどね。ではお先に!」


そう言うと彼は行ってしまった。ここで口に出したように、この時点では「多分90時間には間に合うだろうな」と思っていた。しかし、それが甘い見積であったことに気づくにはまだ数時間を要するのだった。

-----

この区間は往路とは違う道を通る。往路はひたすら丘越えを繰り返すレイアウトだったが、復路は郊外のバイパスのような平坦路を走ることが多かった。坂を登らなくて良いのはありがたいのだが、ひたすら真っ直ぐな平坦路を暗闇の中で走っていると、次第に飽きてくる。刺激が少なすぎるのだ。

30kmほど走ったところで妻が眠さを訴える。

  「うーん、ちょっと芝生で寝る……」

そう言ってストップ。そして横になるとすぐに寝息を立てだす。もう完全に路上で寝ることに慣れてしまっているようだ。その間はTwitterを見ていた。結構他の人も苦戦しているようである。5分経ったら妻を起こしてリスタート。


1時間ほど走行するとまた眠くなったらしい妻。しかし、現在は山の中で良い感じの芝生がない。

  「芝生よりも砂地の方が寝やすいと思うんだよね」

と、謎の寸評をしだす妻。完全に野外を寝床と認識してしまったようだ。

これは良くない傾向である。寝床が「ホテル」「仮眠所」と認識しているうちは、「そこまでは何とか頑張ろう」という気分になる。しかし、野外すべてが寝床になってしまうと、いつどこでも寝られることになってしまう。結果、何度も仮眠を繰り返し、平均速度はズルズルと落ちていく。とはいえ、バス停やベンチなどめぼしい施設はない。仕方なく、砂地を見つけてストップ。妻は二度目の仮眠に入った。また5分経ってリスタート。


次のPCまであと20kmと迫った辺りで、ついに妻がペースを保てなくなってきた。

  「ちょっと先にPCに行って待ってて……」

現在時刻は深夜2:45。分かれるかどうかは迷ったが、私も眠気が出てきていた。早くPCに辿り着いて仮眠したい。妻には、「眠くなったら路肩でも寝ること!」と言い含めて先行することにした。


次のPC、Mortagneまでの累計距離は1097km。そこからゴールまでの距離は121kmである。ここで8時間残っていれば良いのだが、この分だとPCへの到着した時点で残り時間が8時間を切ってしまう。そして、PCでの仮眠なしでは走行を継続できないことは明らか。PCに30分滞在してたとして7時間半で121kmを走らなければならない。

-----

PCまであと10km。ここで事件が起こった

今回、フロントライトはVolt800を2本という構成だった。片方のVolt800が電池切れで消灯したので、もう片方のVolt800を点灯。…が、点灯したVolt800に赤ランプが点灯したのである。

この赤ランプは、電池残量が少ないことを示すサイン。この状態になると、30分ほどで消灯してしまう。……これは計算外だ。後から点灯したVolt800は、復路のLoudeacで充電済みのバッテリーに交換してからほとんど使っていないはず。あと6時間は持つはずなのに、まさかの赤ランプ点灯である。充電に失敗していたのだろうか。



しかし、このくらいの事態は予想済み。フロントバッグにはもう2本、予備のバッテリーが入っている。これに交換すればライトは即復活。夜間走行はこれで最後だし、十分持つはずだ。一旦停止し、両方のライトのバッテリーを交換。ライトを点灯してみる。

……なんと、どちらも赤ランプ。

嘘だろ……!? 予備バッテリーすらも何故か放電された状態になっていたのだ。


フランスの夜明けは遅い。あと3時間はライトが必要だ。というか、ライトを消したら真っ暗になってしまうこの山の中でバッテリー切れとなったら身動きが取れない。

 半ばパニック状態である。

残り距離は10km。ライトの持ちは30分。しかし、PC前のラスト2kmはヒルクライムだ。頑張って走っても、登っている途中に電池が切れるかもしれない。ライトが切れても走れないことはないだろうが、それはルール違反である。なぜ予備ライトをもう一本持ってこなかったのかと悔やむが、それだけVolt800を信頼しきっていたのだ。この4年間、あらゆるライドをVolt800でこなしてきたのに、こんな大事な場面でトラブルが出るとは思いもしなかった。

その時である。後ろから来た人に声を掛けられた。

  「baruさん、お疲れさまです~」

R東京のスタッフ、としあきさんだった。彼とは家が近く、お世話になっているショップも同じである。一瞬躊躇したが、この暗闇で日本人と会う機会はもう無いだろう。直球でお願いをしてみることにした。

  「あの~、実はVoltのバッテリーが全て死にまして、もし持ってたら貸していただけないでしょうか!」
  「……実はついさっき、同じことを聞かれてその人に貸しちゃったんですよ。
   でも、一個予備の中華ライトがあるので、それならお貸し出来ます。」


地獄に仏とはこのことか。

彼は一瞬止まり、手持ちの予備ライトを貸してくれた。としあきさんはG組であり、私よりも15分早いスタートである。つまり、ゴールリミットの時間も私より15分早い。私も間に合うかどうかのギリギリで走っているわけだが、私と同じ場所にいるとしあきさんは更に余裕がないことになる。それなのに、わざわざ止まってライトを貸してくれたのだ。こんな行動はなかなか出来るものではない。感謝してもしきれない。

  「これでよしっと。では私は先を急ぎますので!」

そう言うと、としあきさんはかなりの速度でかっ飛んでいった。本当にありがとうございました。

-----

としあきさんから借りた中華ライトは、ローモードで300ルーメンというかなり明るいライトだった。ライトのある安心感は素晴らしいな……と思っていたが、ここで第二の事件が起きた

中華ライトの輝度が突然落ち、点滅状態となってしまった。教えてもらった操作方法で輝度を切り替えても、自動的に点滅状態になってしまう。まさか、

  「借りた中華ライトのバッテリーも死んでいた」

ということだろうか。手持ちのライトのバッテリーが全て動作不良を起こし、更に借りたライトまでも動作不良とは。パンクの神ならぬ、「バッテリー切れの神」にでも取り憑かれたような状態である。


とはいえ、中華ライトで既に7kmは走れている。PCまでの残り距離は3km。赤ランプ状態のVolt800でもギリギリ持つ……はず。中華ライトを消灯し、赤ランプ状態のVolt800を点灯する。残り3kmだが、そのうち2kmは結構な角度のヒルクライムである。PCがあるのは、その坂の頂上だ。

  ……ライトが消える前に全力ヒルクライムで登り切るしか無い。

1000km以上も走ってきて、全力ヒルクライムなんて考えたくも無かったが、ライトが切れたら一巻の終わりである。PCに到着するために今出来ることは、これしかない。

Mortagneへの登りに突入。緩い箇所はシッティングでこなし、急な箇所はダンシングでガシガシと踏んでいく。よし、残りあと1km……となったところで、

  ピキッ

と、嫌な痛みがアキレス腱に走った。

この痛みを私は知っている。過去に、青森→東京タイムトライアルのチャレンジをした時にも出てしまったアキレス腱の故障の痛みだ。この故障が出るのは、ダンシングを多用した時。今回はペースを落とした結果、早い時点で尻が痛くなっており、復路の坂ではダンシングを多用していた。その負荷が蓄積した状態での全力ヒルクライム。アキレス腱は耐えきれなかったようだ。

仕方なくペースを落とし、シッティングで慎重に回すペダリングに変更する。まもなく坂は終わり、Mortagneの街へと入った。

ライトは何とかまだ点灯している。しかし、それ以上に厄介な爆弾を足に埋め込まれてしまった。沈む気分の中、何とかPCの入り口に辿り着いたのだった。


(つづく)
関連記事