PBP2019: 本編⑰ Mortagne-au-Perche~DREUX(1174km)

ばる

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8/22 3:41、PC12: Mortagne-au-Perche(1097km地点)に到着。


PBP_Mortagne.jpg 

建物入って左手にあったControlでブルベカードにチェックをもらった後、向かいにある売店に向かう。


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目的は、LEDライト。聞いたことも見たこともないメーカーのライトを3000円くらいで購入。一体PCで誰がライトを買うのだろうと思っていたが、まさか自分が買うことになるとは思わなかった。とりあえずPCを出た後の光源は確保できた。

ここで、ライトに付属していたmicroUSBケーブルを見て、

  「このケーブルを使ってVolt800を充電すれば良いのでは?」

と思いつく。PBP直前にスマホをmicroUSB端子からUSB Type-C端子のものに買い替えたため、今回はmicroUSBケーブルすら持参していなかった。つくづく装備を絞りすぎたと思う。

この後、30分くらいは仮眠を取るはず。今から充電すれば、日の出までの数時間分の充電は出来るはずだ。早速ケーブルをVolt800に接続。充電をした状態で手持ちのナップサックにしまい込んだ。

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食事は、レストランでパスタを注文した。今回もボロネーゼパスタである。

空いている席を探すと見覚えのある日本人を見つけた。CH1200で最終日に一緒に走ったRマリオさんである。彼は私と同じくH組。普段はグルメを取り込むなど、かなり余裕のある走りをする方だ。しかし、今ここにいるということは、相当なギリギリ隊ということになる。なにかトラブルだろうか……

  「そこで落車しちゃって……もうダメかも」

という泣きの入った一言。何か気の利いた言葉でも掛けられれば良かったが、良い言葉が浮かばなかった。

今回のPBPが始まってから、知人が何人も落車の報告をしているのを見た。皆ベテランで、そうそう落車などはしない猛者ばかりである。そんな人達に「まさか」が起こるのが海外ブルベの怖い所である。幸い、自分も妻も今のところは落車トラブルは無い。しかし、これだけ疲弊している状態。あと120kmを果たして無事に走り切れるだろうか? またしてもネガティブな思考が頭の中に広がっていった。

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パスタを食べながらスマホを確認すると、妻からのメッセージが入っていた。

  「今1091km地点。」

時刻は3:42。最後の2kmが山なので、到着まではあと30分は掛かるだろう。特にトラブルは無かったようだが、何度か仮眠をしたようで結構差が開いてしまっている。とはいえ、私自身もかなり眠い。

  「レストランの奥の席にいます。
   ボロネーゼパスタ半分とパンも一個どうぞ。
   先に寝てます。」


机の上に枕代わりのナップサックを置いて突っ伏す。寝る直前に向かいの席に来たロシア人3人組がうるさかったが、さすがに眠気のほうが勝った。

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4:30、設定しておいたタイマーが鳴って目を覚ます。すると、隣の席では妻が寝ていた。トラッキングサイトを見る限りでは、15分ほど前に到着した模様。パスタには手を付けた様子もなく、真っ先に眠ったようだった。後ろの席にいたRマリオさんの姿は既になし。出発していったようだ。武運を祈る。

妻を起こし、出発準備。

椅子から立ち上がろうとすると、先程の登りで故障したアキレス腱に痛みが走る。一応消炎用の軟膏を塗ってから仮眠したが、効果はあまり無かったらしい。かといって、ここで諦めたくはない。アキレス腱の故障は持病のようなもので、一応悪化を遅らせるような走り方は出来る。それで何とか走るしか無いだろう。

カフェでパンを買い、トイレで用を足す。トイレから出て妻を探すが、なかなか見つからない。「木の下に自転車を止めたので、そこにいる」とは言っていたが、建物の外には木がたくさんあってどれだか分からない。妻を探し回っていると、不意に声を掛けられた。同じくH組スタートのはるさんだった。彼ほどの走力でなぜこの時間にここにいるのかは不思議だったが、そういえば彼はPBP前にSR600を走っていた。さすがに疲れが出たのだろうか。

 は「ゴールリミットって11:52ですよね?」
 私「え、何言ってるんですか。17:45の90時間後だから11:45ですよ。」
 は「おかしいな……ブルベカードに書いてあったと思ったんですけどね。
    ま、急ぐしか無いですね。」


既に時刻は4:40を回っている。リミットまでの時間は約7時間。残り121kmを時間内に完走するためには、17.3km/hの平均時速が必要となる。しかも、途中にはもう1個PCがある。タイムロスを考えると、20km/h近くは出ないと厳しいだろうが、はるさんなら行けるだろう。

問題は私達のほうだ。前の区間の平均時速は15.7km/hしか出ていない。最後の区間の獲得標高はそこまで多くなかった記憶はあるが、17.3km/hはかなり厳しい数値と思われた。

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4:50、なんとか妻と合流してPCを出発。既に残り時間は7時間を切っている。MortagneのPCを出た直後は下りスタートだが、それなりの急勾配で距離が短いため、そこまでスピードを稼ぐことは出来なかった。

PCを出てから2つ目に通過したLongny-au-Percheの街でトラブル発生。街の入り口で大集団が後ろから追いついてきた。フレームナンバーを見ると、H組やI組がメイン。私達と同じくらいのスタート(つまり時間内完走の瀬戸際にある)の人たちで構成されている。

 (しめた! この集団に上手く乗れれば平均速度をかなり稼げる!)

集団の効果は凄まじく、平均速度が5km/hも跳ね上がることもある。集団が中切れしている所に入り、しばらく走行。妻は着いてきているか……とバックミラーを見るも、後ろの中切れした集団がかなり後ろにいる。そして、妻の姿も無かった。恐らく、中切れした後ろの集団に妻は飲み込まれてしまったのだろう。こういったシチュエーションはレースでは良くあるが、妻はレースにはほとんど出たことがない。着いてくるのを期待するのは酷だった。

一旦停止して、後ろの集団が来るのを待ち、妻の姿を探す。……いない。その次の集団を探すも、やっぱりいない。そこからいくつかの集団を見送ったが、妻の姿を見つけることは出来なかった。

……もしかして、見送った集団の中にいたけれど見逃したのでは? まだ夜は明けておらず、黄色い反射ベストの似たような格好。見逃していないとは言い切れなかった。少なくとも5分も待って来ないとは考えにくい。「見送った集団の中に妻がいる」と結論を出し、走行を再開した。

妻が前にいるとすれば、何とか追いつかなければならない。そこまでよりもスピードを上げて走ろうとするが、アキレス腱の痛みがブレーキを掛ける。痛みの出にくいペダリングを探りながら、何とか27~8km/hのスピードを保ちつつ走った。いくつかの集団を追い抜いたが、やはり妻の姿を見つけることは出来なかった。

ここでもう一つの可能性に気がつく。

妻は前にいるのではなく、何らかのトラブルがあって5分以上遅れているのかもしれない。前の区間であれだけ眠そうだったことを考えると、落車をしていてもおかしくはない。妻のことだからそうなる前に芝生で仮眠を取るとは思うが……。さすがに心配になり、停止してスマホを開く。特に何もメッセージは届いていない。一応、「これを見たら返事をください」というメッセージだけ送っておく。何事もなく先行してくれていれば良いのだが。


すると、一人の日本人が私の前でブレーキを掛けた。全部のパーツをゴールドカラーでまとめた、通称「お金持ちのロードバイク」にまたがるワジマンさんだった。「東京~糸魚川ファストラン」で10年ほど前に知り合ったが、最近はブルベにも熱心に参加している。今や関西では「文句を言いながらも、どんなブルベも完走する」キャラとして有名らしい。

  私「すみません、うちの奥さん見ませんでしたか?」
  ワ「おったよ!後ろにおった!」
  私「!! ……特に怪我とかはしていませんでした?」
  ワ「大丈夫! 元気に走っとった!
    ちょっとしたら必ず来るよ!」


そう言うと、ワジマンさんは去っていった。

……それにしても良かった。妻の身に何か深刻なトラブルでも起きていたかと思ったが、少なくとも体は無事のようだ。とはいえ、現在時刻は既に7:00。前のPCを出てから2時間10分が過ぎていたが、距離的には32kmしか進んでいない。平均時速は15km/hを切っていた。その私よりも後ろにいるとなると、妻も何らかの巡航速度が上がらない問題を抱えていそうである。

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数分後、妻が追いついてきた。

  「お待たせ! さ、急ごう!!」

そう言って妻は走り出そうとするが、それを制して私は言った。

  「いや、もう時間内完走は無理だ。
   悔しいけど、時間外完走狙いに切り替えよう。」


残り、90km/4時間45分。必要な平均時速は19km/h。サラ足なら何とかなるかもしれないが、前のPCからここまでの平均時速が15km/hしか出ていないことを考えると、相当無理をしなければいけないことは明白である。

  「夜が明けたし、少しはスピードを上げられるって!
   最後まで足掻こう!」


そう妻は言うが、前のPCに至るまでの眠そうな様子が目に浮かぶ。前のPCでの睡眠時間も恐らく15分程度。今現在は元気そうだが、いつどこで崩れるか分からない。これ以上の無理は危険……そう判断しての言葉だったが、妻は納得が行かないようだった。

無理もない。私は一度完走しているが、妻は初参加。ここまでに掛けてきた情熱を思えば、そう簡単に完走を諦められるはずはないだろう。とは言え、妻の安全面以外にも時間外完走を提案した理由はあった。

  「……分かった。でも、自分は一緒に行けそうにない。
   アキレス腱の痛みで、間に合うだけの速度が出せないんだ。
   悪いが、一人で行ってほしい。」


ここまでの走りで、アキレス腱の状態は悪化していた。ロキソニンなりを投入して無理矢理にでも走れば平均時速20km/hくらいは出るだろう。しかし、それをやってしまうと後遺症が確実に残る。向こう一ヶ月は自転車に乗れない可能性が高い。それどころか、フランスから日本に帰れるかすら怪しい。事実上の白旗であった

妻は一瞬逡巡したようだが、クリートをはめ、ペダルを漕ぎ出す。

   「ゴールで待ってるから!」

という言葉を残し、妻の背中は遠ざかっていった。


ゆっくりと自転車に跨り、漕ぎ出す。アキレス腱に負担をかけないように足を回すが、サイクルコンピューターに表示される数字は24~5km/h程度。やはりこれでは間に合わない。

そう思うと、眠気がやってきた。気が抜けたのだろう。

次の街でベンチでもあったらそこで一眠りしよう……と思って進むと、Senonchesという街で私設エイドを発見。これ幸いと停止し、パンを食べて椅子に座ると、まもなく意識が遠のいた。

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目を覚ますと、周りはすっかり明るくなっている。特にタイマーを掛けずに寝てしまったが、寝ていたのは30分ほどのようだった。

時刻は8:25。トラッキングサイトを確認すると、妻はまだ次のPCであるDREUXには到着していない様子。DREUXからゴールまでの距離は44km。何とか妻が9:00までにDREUXに到着していれば勝機は見えてくるが、今の段階ではどこにいるのかは不明だった。

お礼を言って、私設エイドを出発。

仮眠前に再度消炎軟膏を塗ったが、やはりアキレス腱の痛みに改善は見られなかった。20km/h前後の速度で不自然なペダリングで前に進む。

こんな時、テーピングテープがあればなぁ……と心の中でボヤく。以前は装備の中にテーピングテープを入れていたが、最近は使う機会も無いので装備から外していたのだった。アキレス腱の痛みは、足首の角度が変わることで生じる。テーピングテープで足首の角度を固定してしまえば、痛みを出せずに走り続けることは可能だ。

 (DREUXに到着したら、救護室でテーピングテープを貰おう……)

そんなことを思いながら、よろよろと朝日に向かって走り続けた。


(つづく)
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