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PBP 2015 本編⑥Loudéac ~ Carhaix(526km)
8/17 15:50、PC4: LOUDEAC(448km地点)に到着。
このPCはPBPにおける一大拠点であり、サポートの人や応援の人の数がとにかく多い。そのためか、走者とその他の人が入れるエリアが明確に分かれている。
駐輪場に自転車を置き、Controlへ一旦足を踏み出して引き返す。このPCでは、ドロップバッグから荷物の入れ替えを行わなければならない。サドルバッグとツール缶を取り外してControlへ向かう。
チェックを貰ったら、今度はドロップバッグ置き場へ。どこにあるか解らなかったので、近くにいたAJ反射ベストの人に「ドロップバッグってどこにあるか知ってます?」と質問。「ああ、そこですよ」と、彼の指し示す先に大量の青いバッグが並んでいた。先ほどは気付かなかったが、かなり解りやすい場所にある。屋根の下で、雨に濡れることも無い。よくこんな良い場所を押さえられたものだ。
「すみません、71番のバッグをお願いします」
と申し出て、バッグを受け取り。バッグを持ってそのまま「Douche」と書かれたシャワー室へと向かった。
シャワー室の入口で3ユーロを払い、ペーパータオルを受け取る。ペーパータオルと言っても、水に溶けないトイレットペーパーのようなもので、かなり頼りない。他の人のレポートを読むと石鹸も貰えた人が居たようだが、自分は貰うことができなかった。
脱衣室で服を脱ぎ、シャワー室へ。そこは想像したものとは異なり、監獄のような雰囲気だった。広いコンクリート張りの部屋の天井からシャワーが出てくる殺風景な造り。もしや水しか出ないのではないか?と思ったが、一応お湯はちゃんと出るようだ。しかし勢いは弱く、上半身は洗えても下半身を満足に洗うことが出来ない。
あとから思えば、石鹸とスポンジを持参すべきだった。ビジネスホテルでアメニティとして置かれているような、ああいう奴でいい。それさえあれば、下半身をきちんと洗うことが出来たはずだ。しかし、それが出来なかった影響で、この後の道中は痛みに悩まされることになるのである。
シャワーから上がり、ペーパータオルではなく持参したタオルで体を拭く。前のPCから200km走ったので、再度皮膚保護クリームも塗っておくことにした。
ドロップバッグから新しいウェアを取り出す。全身のウェアを替える予定だったが、今回は上だけ着替えることにした。レーパンは、それまで履いていたパールイズミのレーパンを継続。あまり汗もかいていなかったので、復路のLOUDEACまでは着替えなくても大丈夫だろうと思ったのだが……これも判断を誤ったと後悔することになる。
さっぱりした所で、今度は仮眠所へ。受付で4ユーロ支払い、ベッドの使用を申し込み。机の上には時計を模した紙皿が置かれており、自分で長針と短針を動かして起きる時間を指定するようになっている。これなら言葉が通じなくても時間指定を誤ることは無い。ここではたっぷりと4時間眠ることにした。
受付にいた若い青年に導かれ、体育館の中へ。バスケットボールのコートに、無数の簡易ベッドが並べられている。16時ごろという時間もあってか、ほとんど寝ている人はおらず、静まり返っていた。クリートの音に気付いた青年に、靴を脱ぐように求められる。なるほど、寝ている人を起こしてはいけない。
案内されたベッドには、薄いブランケットが一枚。中はそんなに寒くなかったので、これを丸めて枕にすることにした。一応、携帯のアラームをバイブのみで4時間後にセット。指定時間に起こしてくれるサービスはあるらしいが、事前情報によると中々これがいい加減との噂。翌朝まで寝過ごしてしまうわけには行かないので、念には念を入れておく。
アミノバイタルを飲み、ベッドに横たわる。天井の照明が明るい。隣のベッドのいびきもうるさい。こんなこともあろうかと持ってきていたアイマスクと耳栓をドロップバッグから取り出し、再度寝転ぶ。間もなく意識が落ちた。
—–
体をゆすられて目を覚ます。先ほど案内してくれた青年が起こしに来てくれたようだ。携帯を見ると、指定した時間の1分前。やたら正確だな、君!
のそのそと起きだして出発の準備。周囲の様子は寝る前とは一変していた。ガラガラだったはずのベッドは、9割以上が埋まっている。あまりの変化に驚いて、寝る前と同じ構図で写真を撮ってしまったほど。どうやら、睡眠の集中時間帯のようだ。良い時間に寝られたということらしい。
足音を立てないように外に出て、ドロップバッグから必要なものをサドルバッグに詰めなおす。電池・補給・サプリメント。予報を見る限りでは本格的な雨具は必要無いだろう。しかし、これから向かう先は道中で一番寒い区間。気温の低下に備えて、念のためゴアテックスのジャケットは持っていくことにした。必要なものは取り出したので、ドロップバッグは預け入れ
一応、食事をしていこうと思ったが、仮眠所同様にレストランは大混雑だった。諦めて水だけ補給し、先を目指すことにする。次の補給ポイントまでは40kmあまり。それまではドロップバッグから補充した補給食で持つはずだ。
8/17 21:00にLOUDEACを出発。間もなく、前方から複数の白い光が迫ってくるのが見えた。既にBRESTを折り返してきた集団である。彼らの走行距離はここまで780km。80時間の部の16時出発だと仮定すると、たった29時間でここまでやってきたことになる。平均時速はグロス27km/h近い。この時は先頭集団かと思ったが、実は先頭集団は自分が寝ている間に既にLOUDEACを通過していた。驚異的なスピードである。
そこからすぐに日暮れ。ヘルメットライトを点灯しつつ走る。この辺りは街灯の無い山の中をひたすら走らされた。こうした道を走る際に、見たい方向を見られるヘルメットライトは有用である。
しばらく走ったところで事故現場に遭遇。多くの参加者が立ち止まって様子を見ている。被害者と見える人が自転車と共に道路に倒れこんでいるが、動いている様子をみて少し安心。既にオフィシャルのバイクも駆けつけていたので、気を引き締めるだけ引き締めて先へ進むことにする。
恐らく、どの参加者も年単位でこのイベントの準備をしてきたはずだ。その道半ばで事故に遭う無念さを想像してしまい、ここからしばらくは沈んだ気分のまま走ることになった。
気分が切り替わったのはCORLAYという街に差し掛かった時だった。時間は既に深夜だというのに、子供たちを含めて盛大な歓迎を受けたのだった。
この街は往路でも復路でも通るのだが、往路と復路ではルートが異なる。今回、GPSに表示させていたルートは往路のLOUDEACから復路のLOUDEACまで。地図上の道は二股に分かれているが、どちらが往路で進むべき道なのかが良く解らない。勘で左折しようとしすると、街の人たち総出で
「そっちじゃないぜ!直進だ!」
と言うジェスチャーを頂く。おかげでミスコースの被害を最小限に防ぐことが出来た。箱根駅伝の走者にでもなった気分だった。
8/17 23:50、St.NICOLAS-DU-PELEM(494km地点)に到着。キューシートによるとここはPCではないはず。まずは補給へ……と思ったら、スタッフの方に呼び止められる。
「Control!」
え?キューシートを写し間違ったのだろうか。ここは食事と仮眠所があるだけのポイントのはずだが……。言われるままに指示された方向に行ってチェックを受ける。チェックされたのは「SECRET」欄。なるほど、ここは往路のシークレットチェックポイントと言うことらしい。単なる補給ポイントと思って通り過ぎてしまった人もいるだろう。呼び止めてくれたスタッフの方に感謝。
LOUDEACで食事を取りそこなったので、ここではレストランで落ち着いて食事を摂る事にする。若干の胃酸過多を感じていたが、ここはドスンと腹に溜まるものを食べた。ビーフシチューのような牛肉の煮物。圧力鍋で煮込まれているようで、かなり柔らかい。全部は食べきれないかと思ったが、見事に完食。美味しかった。PCの食事で一番美味しかったかもしれない。
食事の最中に日付が変わった。8月18日。今日は自分の誕生日だ。31歳の誕生日は遠く異国の地で迎えることとなった。決して忘れられない誕生日になりそうである。
食事を終えて外に出ると、かなりの寒さに驚く。温かいレストランに居たこともあるだろうが、それ以上に気温が下がっている。これは一桁台の気温も覚悟しなければならないかもしれない。LOUDEACで取り出しておいたゴアテックスのジャケットを纏う。
このポイントから、出口で「PARIS? BREST?」と聞かれるようになった。行き先によって出ていく方向が異なるためである。「BREST!」と元気に答え、ポイントを出発した。
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次のチェックポイントであるCARHAIXまでは30kmほど。1時間半も掛からず到着するはずだが、どうにもペースが上がらない。原因は、こみ上げてくる胃酸。先ほどの食事の時に感じた胃酸過多が悪化している。これまで私は、ロングライドにおいては胃腸関係で不調を抱えたことが無い。気温の高いときに強度を掛けて走ると調子を崩すこともあるが、この気温・この強度ではありえない。となると、やはり食べ物が合わなかったと考えるべきだろう。
一旦路肩に自転車を停め、サドルバッグをまさぐる。取り出したのは「ガスター10」。薬剤師がいる店でなければ買えない、ちょっと高価な胃薬だ。普段であれば胃薬など持たないのであるが、今回は先人の忠告により持参していた。とある集まりで前回のPBPに参加したAR日本橋のスタッフ、kajisanからこんなアドバイスを頂いたからである。
「baruさん、ヨーロッパは何だか解らないけど胃腸の調子が悪くなるんで、
胃薬は持っていったほうが良いですよ!特にガスター10は効きます。」
その時は「別に胃腸に異常を抱えたことは無いしなぁ」とは思ったものの、不安になり薬局に走ったのだった。
ガスター10を飲む。すぐに効いてきたわけではないが、徐々に胃酸が収まっていくのが解った。一度は落ち込んだペースも段々と戻って行く。やはり先人のアドバイスは聞いておくものである。後で聞いたところによると、私と同じく胃腸のトラブルに巻き込まれた人は多かったようだ。もし次回のPBPに出ることを計画している人がいれば、胃薬の持参を強く推奨しておく。