PBP 2015 本編⑮Dreux ~ Saint-Quentin(1232km)

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PBP 2015 本編⑭Mortagne-au-Perche ~ Dreux(1166km)   8/19 18:20、PC12:MORTAGNE-au-PERCHE(1088km地点)に到着。 往路ではただの補給ポイントだったが、復路はチェックを受ける必要がある。 チェックを受けるため、...

 

8/19 23:22、PC13:DREUX(1166km)到着。ようやく最後のPCだ。

ここは陸上競技場なのか、かなり立派なトラックが設けられていた。トラック脇の駐輪場に自転車を止め、施錠。歩いてColntrolの建物に向かうが、かなり遠かった。

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Controlでチェックを貰い、ここまでのチェックが全て揃っていることを確認する。抜け漏れはないらしい。これであとはゴールまで走るだけだ。

チェックを受けたところでふぃりっぷさんと合流。ふぃりっぷさんは30分ほど前には到着していたらしい。明朝の出発時間は5時半を計画しているとのことで、私もその案に乗ることにした。起床時間は4時半であることを確認し、一旦別れた。

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何はおいても仮眠……と思って仮眠所を探してしばし徘徊。その最中に、AJジャージの見覚えある人を発見。AR日本橋代表の坂東さんだ。彼は「日本人で一番多くPBPに出ている人」。2003年から出場しており、今回で4回目の出場というベテラン。今回はとにかく時間一杯を使って完走を目指すようで、朝まで寝ていくとのことだった。

スタッフのTシャツを着たご婦人を捕まえて、仮眠所の場所を聞こうとしたが、上手く英語の文章が浮かんでこない。苦し紛れに、

「Sleep!」

と言ってみたが、通じない。えーと、フランス語では何て言えば……あ、そうだ。

「Dormie!」

これは通じたようで、体育館らしき場所まで案内してもらうことが出来たマットが敷かれているだけの粗末な仮眠所。特に毛布なども無く、気温も高くない。そして何故かお金も掛からなかった。

GORE-TEXのジャケットを着込み、マットに横たわる。すぐに意識が落ちたが、1時間ほどで目が覚めてしまった。やはり気温が低く、何も掛けずに寝るのはかなり厳しい。Fougèresでレスキューシートを捨ててしまったことを今更ながら後悔した。

何か代わりになるものは無いか……と、枕用に持ってきたサドルバッグをまさぐると輪行袋が出てきた。これだ! 野宿でツーリングをしているような人の話を聞くと、輪行袋に包まって寝るのは常套手段らしい。ちょっと抵抗はあったが、背に腹は代えられない。

輪行袋を出して、中に入ってみる。少々丈は短いが、十分に温かい。一枚布があるだけで随分と違うものだ。

—–

8/20 4:30、起床。合計で5時間くらいは寝ることが出来た。あと残りは60km。3時間も走ればゴールできるはずだ。

仮眠所を出てレストランに行くと、ふぃりっぷさんと、もう一人の日本人の姿が。往路で出会ったETTジャージのkotonohaさんである。彼も朝ゴールを狙ってここで大休憩を取ったらしい。

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出発前に腹ごしらえということで、食事。このPCはとにかくデザートが充実していた。その中には、道中で一度は食べたいと考えていた「パリブレスト」が。ここまで一度も食べていなかったので、もちろん注文。更に、Fougèresで食べ逃したラザニアも!朝からラザニアというのも如何なものかと思ったものの、ここを逃したら食べるチャンスはない。1秒迷って即注文した。

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PBPから名付けられた「パリブレスト」。このPCで出されていたのは正統なもの。クリームはカスタードではなくアーモンドクリーム。ただシュークリームをリング状にしたものではない、本物のパリブレストを食べられて良かった。

食事を終えてしばし雑談をしていると、もう一人日本人が合流。日本のブルベ界のNo2、AJ副会長の稲垣さんだ。以前、群馬のブルベでお会いしたことがある。キャノンボーラーの将軍さんのロングライドの師匠でもあるお方だ。

示し合わせたわけではないが、ふぃりっぷさん、kotonohaさん、稲垣さん、私の4人でDREUXを出ることに。外に出ると一雨あったようで、地面が濡れている。自転車もサドルとヘルメットが濡れていた。

出発すると路面はウェット。街中は滑りやすそうな場所も多く、神経を使う。この時点で歯雨は降っておらず、少々霧が出ている程度である。あと60km、なんとか天気が持ってくれると良いが……。

最初はゆっくり走っていたが、またもふぃりっぷさんが耐え切れなくなってギヤを上げ始める。kotonohaさんと私は追随したが、気付くと稲垣さんは居なくなっていた。

間もなく、辺りは明るくなってきた。4度目の夜明けである。これまで3回の夜明けは朝焼けを拝むことが出来たが、4回目は雲に覆われたすっきりしないものだった。贅沢は言わない。ゴールまで雨が本降りにならなければそれで良い。

ふ「なんかこの辺、見たこと無い?」
ば「ああ、なんか千葉県の田舎っぽいよね。」

フランスで米が栽培されているのかはよく解らないが、田んぼの中を走る農道と言った感じの風景の中を走る。すると、一台のワゴン車が並走してきた。車のサイドドアが開いており、そこからマイクとカメラが伸びている。

「Are you Japanese?」
「Yes!」

PBPの公式の撮影クルーのようだ。PBPの参加費の中には「記念DVD」なるものの代金が含まれていた。恐らく、それに使われる映像を撮っているのだろう。会話がフランス語ではなく英語で助かった。

「日本は左側通行ですが、フランスは右側通行ですよね。
もう慣れました?」
「慣れたことは慣れたけど、難しいですね!」

と、当たり障りのないことを答えた気がする。私の後は、前を走っていたふぃりっぷさんが同じことをインタビューされていた。DVDで映像が使われていると良いのだけど。

インタビューの車が行ってしまうと、再びふぃりっぷさんが鬼引き開始。別にもう急ぐ必要は無いのだけど、折角だから着いていく。

残り15km、見覚えのある道が見えてきた。10mはあろうかと言う街路樹が両脇に立つ道。スタート直後、最初の街が終わり、田園地帯の入口だった場所だ。ようやくここまで帰ってきたことに気分は昂ぶる。空は今にも雨が降り出しそうな雲に覆われたいたが、なんとか最後まで持ってくれそうである。

ここからは基本的に街中を走ることになる。路面は相変わらず濡れており、石畳やマンホールの蓋に注意しながら距離を重ねていく。

ここから先は大通り。もうすぐホテルのあるTrappesの街のはず。文字通りのパリ凱旋ランだ。きっと、ふぃりっぷさんの親御さんたちが待っていてくれてるはず……と思ったら、急にラウンドアバウトに立っていたスタッフの方に、公園の中に入るように誘導される。前回の参加者のブログを見ると、最後は大通りを凱旋ランだと聞いていたのだが……。

そのまま、自然公園の中のサイクリングロードを走っていく。間もなくベロドロームが見えてきた。このままゴールということらしい。最後は三人揃ってという事で、ふぃりっぷさん、kotonohaさんと歩調を揃える。

角を曲がり、競技場脇の駐車場に入った。さぁ、ゴールゲートはどこだ!?

ピッ

センサー音がした。そこにあったのは、各PCにあるのと同じ、通過センサー。ここがすなわちゴールと言うことらしい。何人か通過センサーの周りに出迎えてくれる人はいた。しかし、派手なゴールゲートはなく、実にあっけないゴールだった。

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総走行距離は1242km、タイムは85時間46分。予定していた79時間よりは大分遅くなったが、初めての海外ライドで無事にゴール出来たことだけで嬉しい。まずは一旦、PBPが終わった。最高の体験をしたと思う。

 

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この記事を書いた人

ロングライド系自転車乗り。昔はキャノンボール等のファストラン中心、最近は主にブルベを走っています。PBPには2015・2019・2023年の3回参加。R5000表彰・R10000表彰を受賞。

趣味は自転車屋巡り・東京大阪TTの歴史研究・携帯ポンプ収集。

【長距離ファストラン履歴】
・大阪→東京: 23時間02分 (548km)
・東京→大阪: 23時間18分 (551km)
・TOT: 67時間38分 (1075km)
・青森→東京: 36時間05分 (724km)

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