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クローバー1200 : 4日目(阿寒湖・足寄方面) 903km~1202km
8/18 3:15、起床。そういえば今日は私の誕生日。昨夜、妻から「誕生日おめでとう」の言葉を貰ってそのまま寝落ちた。今年もまた、エクストリームな誕生日である。
カーテンを開けてみるが、雨の気配は一切なし。天気予報を見ても降水確率10%。最終日になって、ついに雨の降っていないスタートを迎えられたことにテンションが上がる。今日は雨具を着なくてもいいんだ!
……と思って外に出てみたが、非常に寒い。気象庁の統計データによれば、この時刻の帯広の気温は8.9度。昨日の夕方から晴れた影響で、放射冷却が大きかったのだろうか。4日間で一番寒い朝だ。結局、上だけはGORE-TEXのレインジャケットを羽織っていくことにした。雨の心配は無さそうだが、もはや朝のルーチンとなっている注油もやっておく。
スタートボードに時刻を書き込もうとすると、昨日とは違ってDNF数が集計されていた。71人中、35人がDNF。既に残りはスタートした中で半分。2日連続の雨はボディーブローのようだったが、3日目の雨は例えるならばフィニッシュブロー。ここでKOされてしまった人も多かったようだ。自分もかなり辛かったが、「雨天ライド攻略本を書いてしまった手前、雨を理由にDNFは出来ない」という特有の事情で何とか踏ん張れた所はある気がする。
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8/18 3:46、出発。起床から出発まで30分と、これまでで一番早い。やはり晴れた日は出発前にすることが少ないのが効いているのだろう。雨はタイムロスがあまりに多い。路面抵抗は下がるけど。
ラスト4日目は東方面へと走る。大きな山岳は無く、阿寒湖温泉(標高645m)まで1回登るだけの298km。獲得標高は1600mほどと、4日間で一番少ない平坦ステージだ。ただ、1000~1200kmの区間は足切りの平均速度が13.3km/hと、若干早くなることには注意する必要がある。
さて、当初予定よりも1時間10分遅いスタート。ここから借金を返していかねばならない。102㎞地点のPCのクローズ時間は9:33。5時間47分で102㎞を走ればよいので、求められる平均速度は17.6km/hとなる。102km地点のクローズ時刻を守れば、残りは196kmを14時間37分。求められる平均速度は13.5km/hで済む。妻の走力を考えれば、これは問題ない数値のはずだ。
ただ、前日にhideaさんがアップしていた風向き予報を見ると、PCの後の阿寒湖温泉までの登りが強い向かい風予報となっていた。出来ればその前に少しでも貯金を増やしておきたい。努力目標20km/h、現実目標は19.0km/hでペースを刻むことにする。
十勝大橋手前で右折し、川沿いに東へ。まもなく空が白んできたが、朝もやが凄い。これまで毎日朝の雨で気づかなかったが、晴れの日はこうなるのか、と一人で納得。そういえば、同じような時期に同じような気候で行われるPBPも、朝もやが凄かったことを思い出す。
利別の街に入ると、霧が晴れてきた。スタートから23㎞ほどしか走っていないが、ローソンでコンビニ休憩。事前の調査によると、音別の街に至るまでコンビニは無さそうだったので寄っておいた。食べ物を多めに買って、7分で離脱。
ここからはしばらく田園地帯を走る。しばらく走っていると、クラシック音楽が聞こえてきた。何だろう?と思ったら、前を走るランドヌールの自転車から聞こえてきていることが分かった。サドルバッグに括り付けられたヨッシーのぬいぐるみ、そして立派な口髭がトレードマークのRマリオさんだった。余談ではあるが、彼の自転車のスピーカーから佐々木功の「銀河鉄道999」が流れてきたときは妙にテンションが上がった。彼は「蟹ラーメン」を食べに行くといっていたが、残念ながら営業していなかったようだ。
海が近づいてくると、霧は完全に晴れた。目の前には、「これこれ、北海道と言ったらこれだよ!」と言いたくなる風景。誰かが言っていたが、この風景は3日間我慢した参加者へのご褒美に思えた。
海沿いに出て進行方向が北寄りに変わると、若干の向かい風成分を感じる。コースレイアウトを見ると小さな丘越えが続くのだが、ここに来て妻が付いてこられない場面が増えてきた。止まって話を聞いてみると、特に痛みがあるわけではないとのこと。眠気も問題なし。となれば、スピードが出ない理由は一つ、「補給不足」だ。600㎞ブルベまでは補給が多少足りずとも、体内に蓄えられた栄養素で補える。しかし、それ以上の距離の場合、意識してカロリーを取らないと途端に出力が低下する。
取った解決手段は単純。30分ごとに敢えて立ち止まり、「食べてる??」と言うだけ。耳にタコが出来るほどしつこく繰り返した。これで「スピードが出なくなる=補給が足りない」と意識に刷り込むのが狙い。幸いにも、妻は胃腸が強い。残り1日、自分が離脱した後もこのリズムを崩さなければ、補給が足りなくなることは無いはずだ。
そういえば、先程話に出た「銀河鉄道999」でもメーテルがこんな事を言っていた。
「まず食べなさい。それからが戦いよ。
震えながらでも食べる人は、食べない人よりも生き残る可能性がうんとたくさんあるわ。」
やはりこの作品には大事なことが多く書かれている。
そして、この辺りでは同時開催されていたAH2400(北海道一周2400km)の参加者たちとすれ違うことが多かった。最終日のこの場面でスライドするとは、粋な演出だなと思った。
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8/16 9:10、PC9: セイコーマート本通白糠店(1003km地点)に到着。クローズ23分前、今日のスタートからの平均速度は19.1㎞/h。20km/hには届かなかったが、十分な数値だ。
そして、妻もついに初めての1000kmオーバーに突入。祝福と同時に、注意点を伝える。チャリモさんが良く言っている「ロングライドは1000kmから」という話についてである。この言葉は字面だけ見ると、
「1000㎞以下なんてロングライドじゃない」
と言う意味に見えてしまうが、その真意は異なる。正しい意図は、
「体や機材に、普通起きないトラブルが出てくるのが1000km」
というもの。ブルベ的に言えば1000㎞は約3日間で走る距離。これだけの距離を走ると、体のケアを怠ればガタが出て来るし、機材のケアを怠ればメカトラが出てくる。ロングライドにおける「厄年」のような距離、それが1000㎞なのである。
体を少しでも回復させるため、ここのセイコーマートでは20分休憩。妻も私もガッツリと補給を取った。ストレッチもしっかりと。1000kmの壁に負けないように対策を取っておく。そして、ここでようやくレインジャケットを脱いだ。
再スタートし、白糠から北向きに進路を変える。やはり予報通り強い向かい風。当初計画ではPC9まで妻のペースメイクをする予定だったが、この向かい風を考えてもう少し一緒に走ることにした。
釧路空港の前後は、空港らしく小高い丘になっている。スケールは異なるものの、美瑛で見られなかった風景をここで取り返した感じ。空港から下ると、後ろから来たhideaさんに追い抜かれる。空港の北にある「釧路市動物園」に寄り道をしてきたとのこと。軽やかなペダリングで進んでいく姿は、とても1000㎞以上を走ってきたとは思えない。
1043㎞地点、阿寒湖温泉への登りが本格的に始まる所で妻のペースメイクを終了。ここまでの平均速度は17.5km/h。残り160㎞、12時間15分。平均速度13.1km/hで走れば認定完走ということになる。幸いにも妻には目に見えた故障は無いようだ。ならば、後は最後までマイペースで走ってもらうのみ。別れ際に「ちゃんと食べてね!!」とだけ念押しをして、一足先に阿寒湖温泉への登りに入った。
ルートラボを見ると阿寒湖温泉には一直線に登っているように見えたが、実際には異なっていた。少し登って下りながら徐々に高度を上げていくタイプの峠。例えるならば、甲州街道の富士見峠に近い。下り区間での勢いを殺さないように登るよう心掛けるが、向かい風が吹いているのでペースは上がらなかった。そして、この国道240号線(まりも国道)は北海道の道にしては路肩が狭く、交通量も多くて走りづらい。我慢の時間だ。
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13:50、PC10: ローソン阿寒湖温泉店(1079km地点)に到着。いよいよラストPCだ。ここまで来れば後は120km。この後しばらくコンビニの無い区間が続くので、しっかり食べておくのが重要である。ハンバーグ弁当食べたが、蜂が飛んでいて落ち着いて食べることが出来なかった。
そして、折角多めに補給を購入したのだが……
「お兄さん!バッグからカラスが何か持ってったよ!!」
バイクツーリングの方に呼ばれてバッグの中を見ると、つい先ほど購入したばかりのクッキーが無くなっていた。温泉街の中にあるこのコンビニには、観光客の食べ物目当てのカラスがいるようだ。トンビにパンを持って行かれた経験はあったが、カラスは初めてだ。
20分ほど休んで出発。間もなく、今回のブルベラストの峠である「足寄峠」に向けての登り返しが始まる。ここでkajisanを何度目かのパス。かなりキツそうだったが、話を聞くと「今年のブルベは200kmを1本と1000㎞を1本しか走っていない」とのこと。それでここまで生き残っているのが凄い。
足寄峠(標高645m)で、下りに備えてレインジャケットを着込む。気温はそれほど低くは無いが、念には念を。
峠からの下りは、特にタイトなコーナーは無く下りやすいのだが、いかんせん北海道特有の横方向のクラックが多い。3日目の夜の段階で手には痺れが出てきていたが、ここのクラックを越える際の振動で止めを刺された感じ。解放感に任せて普通のグローブで来てしまったのは間違いだった。チコリンパフへの信心が足りなかったことを悔やむ。
なるべく手には振動を与えないように、ペダルに荷重が掛かるように下る。が、今度は足の裏が痺れてくる。なるほど、尻→手→足裏と振動を受ける場所が変わるにつれて、一つずつ痺れていくんだな……と妙に冷静に分析をしつつも、辛いものは辛い。どこかで休もうかな。
そんなことを考えていると、不意に現れた「ソフトクリーム 果実ソースかけ放題」の文字。迷わず吸い込まれた。
そして念願のソフトクリーム。美味しい! ソースに使われている果物は自家製らしい。1100㎞を越えて、ようやく初めてのグルメスポットである。
店の名前は「みどりちゃんのOMISE」。とてもおとなしい犬(撫でても怒らない)と、人に懐いた猫がいる。今度はゆっくり立ち寄りたいものだ。
足寄町役場前のセイコーマートはスルーし、本別町の中心部手前のセイコーマートにピットイン。ホットシェフは無かったが、美味しそうなドライカレーを見つけて購入。足裏の痺れが気になったので、靴を脱いでしばしリラックスしつつカレーを食べる。
「あれ、baruさん!?」
顔を上げると、かとさんが立っていた。2日目の復路の狩勝峠でリタイヤし、今日は車でコースを回っているとのことだった。後ろから走ってこられたので妻の様子を聞いてみると「元気に走っていた」とのこと。良かった。スマホのメッセージを見ると、阿寒湖温泉のPCにも私から40分遅れての到着。クローズまでは随分余裕があったようだ。
かとさんに別れを告げて出発。残り55㎞。時刻は17:35。この分だと、掛かっても3時間。20:35にはゴール出来るだろう。
本別の中心街を抜けると、池田町の田園地帯に入る。ちょうど夕暮れ時を迎え、空の広さに感動した。そして、思わず足を止めたのが、一面に広がるひまわり畑の前だった。
これは凄い。本州では既にピークを過ぎたひまわりだが、北海道では元気に咲いていた。ここを日が出ている時間にギリギリ通過出来て良かった。
ブルベでは、完走後に辛かった思い出が記憶から消え去り、楽しかった記憶が残る現象のことを「記憶の改ざん」と呼ぶ。普通はゴールの翌日あたりから起こる現象だが、今日はゴールもしていないのに記憶の改ざんが既に始まっているようだ。それほどまでに最初の3日間が辛く、4日目が天気と風景に恵まれたご褒美の一日だったということだろう。
利別の中心部で、往路のコースに合流。朝は霧で良く見えなかった利別の駅も良く見えた。ここからはほぼ暗闇の中を走る。もはや電池を節約する意味も無いので、Voltの点灯モードをミドルモードに上げた。十勝川温泉を抜ければ、残るは音更の信号峠のみ。木野大通西3の交差点を右折し、ゴールまではあと僅か2kmだ。
あと1kmでゴールと言う所まで差しかかったところで、前方にいた3人の集団をパス。追い抜きざまに声を掛けられたので振り返ると、それはタカトリさんだった。この3人、1200kmではなく2400kmの参加者である。
うーん、そのまま集団でゴールすると半分しか走っていない私の影は薄くなりそうだな……と打算の気持ちが働き、ラストは一人でスプリント(と言っても既に40km/hも出ないが)。ホテルクロスコートに滑り込んだ。
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8/18 20:00、GOAL: ホテルクロスコート(1202km地点)に到着! 認定時間85時間50分と、ほぼPBPと同じゴールタイムで自身2度目の1200㎞ブルベを終えた。
レシートを確認してもらい、全ての証跡を確認。ブルべカードにサインも行い、無事に認定に必要なすべての作業を終えた。メダル購入のチェックが無いのが気になったが、RMは参加費にメダル代が含まれているらしい。
スタッフの方、特製のスタンプも押してもらう。ブルべカードが返ってくるのが楽しみだ。
ほどなくして、2400km組もゴール。1200km組も次々に帰ってきて、ゴール受付はちょっとしたお祭りの様相だ。
折角なので、完走記念撮影。撮影頂いたhideaさん、ありがとうございました!
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さて、残る任務は妻の出迎え。それまで少し寝ようかとも考えたが、万が一寝過ごしたら感じ悪いことこの上ない。そのまま起きていることにした。これまでの3日間同様、以下のルーチンをこなす。
・ウェア類を洗濯機に掛ける
・風呂に入る
・ウェア類を乾燥機に掛ける
・夕食を食べる
・歯を磨く
ライトの充電は省略。もう明日は走らなくても良いのである。
4日目の夕食は、1日目と同じくカレー。ホントここのカレーは美味しい。
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食事と洗濯乾燥を終え、時刻は22:00。ここからはロビーに降りて、妻のゴールを待つことにした。
妻からは、あと20㎞の所まで帰ってきているとのメッセージが届く。残りは2時間10分、大きなトラブルが無ければ十分に間に合う時間だ。
しかし、その10分後、妻から「eTrexの電池が切れた!」とのメッセージが。そういえば、リチウム乾電池で2日持たせるためには画面の輝度を下から2~3番目のレベルにしなければならないことを伝え忘れていた。画面を明るくしすぎると、残念ながら2日も持たない。だからといって残り20㎞を切って電池切れとは。残りは一本道だが、ここで妻の方向音痴属性が出ないとも限らない。
幸いにも十勝川温泉のコンビニで単三電池は確保できたとのこと。汎用電池を使っているGPSを選んでおいてよかった。これがEdgeだったら最後の最後で詰んでいたかもしれない。
そうこうしていたら、2400kmの方に参加していたtriさんがゴール。1200㎞地点でディレイラーがもげ、そこから1200㎞をシングルスピードで完走。相変わらず伝説には困らない方である。
時刻は23:20。順調に来ていれば、そろそろ妻がゴールする時間だ。ホテル敷地入口の明かりは23:00で消灯してしまうため、Volt800を持って敷地入口で待つことにした。「ピンクガール大好き」なShabさんは私より先に入口で待っていた。そして、後からスタッフのチャンさん、マヤさんが駆けつける。聞けば、妻は1200㎞のラスト走者らしい。一番美味しい役回りだ。
雑談をしながら待っていると、車のヘッドライトに混じって小さなライトの明かりが見えた。徐々に近づいてくるピンクの服。こちらもVolt800を振ってゴール場所を示してホテルの敷地へと招き入れる。
8/18 23:35、無事に妻も完走! 認定時間89時間25分。残り35分、時間一杯楽しんでのゴールとなった。
早速、レシートを確認。証跡に問題は無し! これにて認定が確定した。妻もついに1200kmフィニッシャーである。つい3年前までは100㎞走るのでやっとだったのに、この急成長(3年前の様子は電子書籍「にひゃくぶんのいちライド」にて好評配信中です)。我が妻ながら、その潜在能力の高さには驚かされた。走力は決して高くは無いが、強い胃腸と諦めない意志は非常にブルベ向きだったということだろう。
とはいえ、適性があるだけでは、この厳しい天気の4日間は乗りきれなかったはず。昨年末、一緒に「雨天ライド攻略本」を作った経験がここで生きることになった。心技体、全てが揃ったことによる完走だと思う。
夫婦で記念撮影。二人揃って完走出来て、本当に良かった。
(つづく)