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PBP2023: 振り返り編
走行レポートは前回までで終わりとし、この記事では今回のPBPを振り返ります。
まえがき
今回のPBPは、過去2回の参加時よりもかなり綿密に準備をして臨みました。
走行前に考えていた戦略はこちらの記事に書いた通りです。
本記事では、これらの戦略が妥当であったのかを中心に、今回のPBPを振り返ってみます。
振り返り
今回のPBPの振り返りです。
スタート前の動き方
「完走のための戦略」の記事でも書きましたが、今回のPBPのテーマは以下でした。
2019年PBPの反省点
- 時差ボケと渡航疲れが全く取れていない状態でスタートに来てしまったこと。
→ 変な時間に眠くなってしまったり、大して強度を上げていないのに常に疲れを感じる状態となった。- 拠点としたホテルがアクセスの悪い場所であり、食べ物が必要な時に必要な量だけ手に入らなかったこと。
→ カロリー不足と、栄養の偏りによる体調不良を招いた。- ホテルに空調設備がなく、夜の冷え込みでお腹を冷やしてしまったこと。
→ 内臓の不調や、腹痛を招いた。- スタート場所に行く時間が遅く、ウェルカムミールを食べ逃してしまったこと。
→ 最初のWPまでの120kmを走りきれるだけのカロリーが身体に残らなかった。
今回のPBPは、これらを防ぐように動こうと考えていました。
PBPにおける「スタート前」の重要性
ブルベでは「スタートしてからどう動くか」の話題がメインとなりますが、海外遠征であるPBPに関しては「スタート前にどう動くか」のウェイトが非常に高いと私は考えています。
例えば「走力120のAさん」「走力100のBさん」が居たとしましょう。国内ブルベならば、Aさんの方が数時間早くゴールするような走力差と考えてください。
しかし、PBPはスタートするまでに体調を崩す罠が沢山あります。
それによって、Aさんが体調50%(走力60)の状態、Bさんが体調80%(走力80)の状態でスタートに立ったとしたら、より完走する確率が高いのはBさんの方であると考えます。
せっかく国内で厳しいトレーニングを積んだとしても、スタート時に体調が悪ければ全てが台無しになる可能性があるということです。
これは何としても避けるべきですし、意識すれば避けられる可能性が高い事態でもあります。
なお、地元フランスや隣国のヨーロッパ勢は時差ボケもありませんし、地続きなので車で会場に来ることも可能です。この点でヨーロッパ勢はかなり有利であると思っています。
2023年のスタート前対策
2019年の反省を元に、2023年に実際に取った対策が以下です。
- 日本の航空会社の直行便を取り、フライトのストレスを最小限にする。
また、フランス入りを早くし、時差ボケ解消と疲労抜きの期間を十分に取る。- 拠点となるホテルは、スーパーやコインランドリーに徒歩5分以内で行ける場所に取る。
- 空調のしっかりしたホテルを予約する。
また、バスタブ付きの部屋を選び、少しでも体を冷やさないようにする。- ウェルカムミールを食べ逃さないように会場入りする。
①は、前回乗継便で苦労したことから。
一度飛行機から降りて手続き(モスクワの空港ではパスポートを確認され、再度手荷物検査がある)をするのが面倒でしたし、乗継の際に自転車がちゃんと乗っているのかを気にするのがストレスでした。
そんな面倒を避けるため、今回は直行便を選択。
金額は高かったですが、飛行機に乗っている時間は大幅に減りましたし、基本的にはロストバゲージもあり得ないので気が楽でした。
また、今回はスタートの4日前にフランス入りする便を抑えました。2019年は3日前入りだったので1日早めた形です。
たった1日滞在期間を伸ばしただけですが、時差ボケの解消と現地の空気感に慣れることには効果的だったと思います。スタート時点では時差ボケはすっかり解消していました。
フランス入り後も観光やライドは最小限とし、体力の回復と温存を優先しました。とはいえ、時差ボケを解消するためには日光の下での活動も必要なので、最低限は観光とライドを行っています。
②と③はホテルの話です。
2019年は、トラップ駅から1kmほど離れた安価なホテルを拠点としました。それなりの日数は宿泊するので安いことはありがたかったですが、その分だけ不便な点も多く。
まず不便だったのは近くにスーパーの類がなかったこと。15分ほど歩いた所に日本の「まいばすけっと」みたいな小型スーパーがあるだけで、食べ物の入手難易度が高かったです。これにより、欲しい食べ物が買えず、カロリー不足と栄養バランスの崩壊に陥りました。
もう一つは空調設備がなかったこと。フランスの夜は夏でも一桁気温に下がることがあり、かなり寒くなります。これにより、寝ている間にお腹を冷やしてしまい、内臓の不調や腹痛を招いていました。
今回は、多少金額が高くても、しっかりした設備を持ち、好立地なホテルを抑えようと思っていました。
実際に抑えたのは、サンカンタン駅前のカンパニールホテル。周囲にはスーパーが2件。
レストランも徒歩圏内に多く、ショッピングモールやコインランドリーも近くにありました。
更に、ホテルの室内設備も良好。空調は冷暖房完備で、バスタブも完備。想定していたのは暖房の使用でしたが、まさかの猛暑に見舞われて冷房のお世話になりました。フランス北部では暖房があっても冷房がないホテルも多いんですよね。北海道のような気候なので。冷房のあるホテルを選んで正解でした。
冷蔵庫と電子レンジが無いのは残念でしたが、電気ケトルでお湯を沸かせたのは良かったです。
かくして、スタート前のホテル生活はノンストレスで、食事面でも睡眠面でも良好な状態でスタートに立つことが出来ました。
④はスタート直前の話です。
PBPでは参加者向けにスタート前の食事が提供されます(事前申込みは必要)。前回は申し込んでいたにも関わらず、電車に乗り遅れたことで時間がなくなってしまいました。これをアテにしていたこともあり、カロリー不足でスタート。最初の区間で苦労しました。
今回は電車の時間をちゃんと調べ、間に合うように行動。ちゃんとウェルカムミールを食べ、カロリー十分な状態でスタートを切れました。
対策の結果
これらの対策の結果、スタート後の体調は極めて良好でした。国内ブルベの8割を目指しましたが、9割くらいの状態でスタートを切れたと思います。
時差ボケが取れたおかげで変な所で眠くなることもなし。カロリーも十分なので、一定のパワーで踏み続けることが出来ました。また、(初日は)内臓の調子も良好で、腹痛に悩まされることもありませんでした。
PBPに限らず3日以上のブルベでは初日に調子が悪いと、それを引きずってしまうことが多いものです。600km程度までなら勢いでなんとかなりますが、3日以上はそうもいきません。それを避けるためにスタート前対策をするのは非常に有効だと今回強く確信しました。
戦いは、スタート前から始まっています。
機材・持ち物
機材と持ち物においても、2019年の失敗をもとに改良を加えました。
機材
と言っても、走行に直接影響する機材(フレーム・ホイール・ハンドル・ペダルなど)は、前回からほぼ変えていません。機材面ではそこまで問題を感じていなかったので。
前回大会からの4年間にディスクロードを買っていながら、リムブレーキを継続したのはこだわりかもしれません。PBPのコースはブレーキ性能が要求されるコースではないので、あえてディスクブレーキにする意味を感じなかったからです。飛行機輪行の手間もリムブレーキのほうが少ないのも理由です。
唯一の変更点はタイヤ。今回はGP5000の25Cを使いました(前回はグラベルキング26C)。グラベルキングの耐パンク性能は素晴らしいですが、1200kmを走る上では少し硬いと感じていたためです。AGILESTも有力な候補でしたが、タイヤの表面の切り傷が多かったので見送りました。
2023年のPBPを走ってみても、特に機材面では不足を感じませんでした。強いて言うならば、スプロケを11-28Tにしたのは少し強気すぎたかもしれません。次に走るなら11-30Tにすると思います。
フロントライト
持ち物面で一番こだわったのがフロントライトです。
前回の最大のミスはスタート時の体調が悪かったことですが、その次に大きなミスはフロントライトの不調でした。
最後から3番目のPCまでは十分な時間を残していたにもかかわらず、最後から2番目のPCを目前にしてフロントライトが一斉に沈黙。持っていた予備バッテリーに交換するも、点灯せず。残り少ないライトの稼働時間で山の上にあるPCを目指して全力でヒルクラをした所、アキレス腱を痛めて走れなくなりました。
ライトが一斉に沈黙した理由は未だに不明ですが、私の中での仮説は「フランスのコンセント用に用意したアダプタに不具合があったのではないか」というものです。日本で充電したバッテリーには問題は起きず、フランスで充電したバッテリーのみに問題が起きたように見えたことが理由です。もしくは、フランスの電源が220Vであることも関係しているかもしれません。
その仮説に基づき、今回はすべてのライトのバッテリーを日本で充電し、フランスでは充電しませんでした。
また、充電が失敗している可能性も考えて、充電後のバッテリーは全てテスターで電圧を計測。4.1Vに満たないものは再充電をするなど、念には念を入れました。
フロントライト自体の冗長性も考慮しました。
2019年はハンドルにVOLT800を2本取り付け、それだけで出走しました。同じライトで揃えると、一つの原因で同時に全滅するおそれがあります。
そこで、今回はフロントライトを別々に3種類用意しました。
- ハンドル上(右側): CATEYE「VOLT800 NEO」
- ハンドル上(左側): CATEYE「VOLT800」
- ブレーキ上: CATEYE「URBAN2」
充電式ライトが全てダメになった時のために、最後の砦として乾電池式のURBAN2を用意していました。
今回はVOLT800 NEO(ローモード)をメインで使い、明るさが欲しい場所ではサブとしてVOLT800(ローモード)を追加で使用しました。
結局、特にライトにはトラブルはなく、最後まで完走することが出来ました。URBAN2の出番はありませんでした。
プロの手によるチェック・メンテ
今回も、渡航前にサイクルキューブさんによる機材チェックとメンテナンスを受けました。
やはりプロはかなり細かい所に気づいてくれるので、トラブルを未然に防ぐことが出来ます。機材トラブルはPBPのリタイヤ原因でも上位に入るので、それを防ぐためにもプロによるチェックは受けておいたほうが良いでしょう。今回は、ハブのグリスアップや、微妙な振れ取りなどもして頂きました。
また、消耗品も一式すべて交換してもらいました。具体的には以下のものです。
- チェーン
- ケーブル
- ブレーキシュー
- バーテープ
「まだ交換するには勿体ないかな」と思うようなものでも、PBP前には交換しておきましょう。万が一、その交換しなかった消耗品でトラブルが起きた時には「勿体ない」では済みません。数千円で交換できるのですから、新しいものに変えておくことをオススメします。
タイヤとチューブは家に在庫があったので、いずれも新品に交換しています。交換後、100km程度は走って皮むきを行い、かつ表面に傷がないことを確認して渡仏しました。
この結果、私も妻も、機材には一切のトラブルなくゴールすることが出来ました。
トラブルを未然に防ぐためにも、プロの目によるチェックとメンテナンスをオススメします。
走行スケジュール
走行計画は「完走のための戦略」の記事で示しましたが、ここで再度貼り付けます。
そして、実績データが以下です。
88時間58分で走行する計画を立て、実際にはそれよりも40分早い88時間18分での完走となりました。
全体的に計画通りに進んだ部分が多かったです。
いくつか予定の変更を迫られましたが、この計画表をいつでも見られるようにしておいたので、柔軟に予定を組み替えることが出来ました。
「守れない予定なら立てても意味がないのでは?」と思われる方もいるかもしれませんが、イレギュラーが起きた際にリカバリ可能かを見極めるためには「間に合うように立てた計画」が必要です。
今回はこちらの計画を立てておいたことで、最後まで焦らずにドーンと構えていることが出来ました。
PC/WPの時短対策
PC/WPは主催者が様々な設備を提供してくれている有り難い場所です。しかし、同時に「気づくと時間が過ぎている」場所でもあります。
2019年のPBPのログを見てみると、全体92時間58分のうち、23時間36分をPC内で過ごしていました。実に4分の1以上の時間です。
PC内で過ごす時間には睡眠時間も含まれているので、それで長くなる分には問題ありません。
ただ、前回のPBPではPC内で以下のような「無駄な時間」が多数ありました。
- トイレや食堂の列に並ぶ時間。
- 目的の施設の場所が分からなくて探し回る時間。
- 駐輪場で自分の自転車を見失って探す時間。
これらの時間を無くすことが出来れば、その分を睡眠時間に回すことが出来ます。睡眠時間が増えれば、走行時の速度も落ちにくくなるという狙いがあります。
トイレや食堂の列に並ぶ時間を減らす
①については、トイレや食事を出来る限りPCの外で済ますように心がけました。
あらかじめルート上にある公衆トイレを洗い出しておき(→マイマップ)、トイレはなるべくそこで済ますようにしていました。
また、食事についてもあらかじめルート上にあるマクドナルドやパン屋をリストアップし、そういった所で済ませていました。
一番利用したのはマクドナルドです。
バカンスシーズンでも問答無用で営業しており、味についても世界共通。そして綺麗なトイレも使える。最高のエイドステーションでした。
目的の施設の場所を素早く探す
PBPのPCの敷地面積はかなり広く、目的の施設がどこにあるかを探すだけで時間が経過してしまうものです。
しかし、あらかじめ「どこに何があるか」が分かっていれば、迷うことはありません。つまり、「PC内の地図」があれば良いと考えました。
そこで、前回のPBP終了後すぐに「PBP PC見取り図作成計画」という記事の作成を開始。
自分の記憶と参加者の皆さんから寄せられた情報により、各PC内の配置図を高い精度で作成することが出来ました。
そして、各PC内の施設配置は毎回そこまで大きく変わることはありません。食堂やトイレといった施設は場所の変えようがありませんからね。「2023年大会も、2019年大会の配置を踏襲するはず」と考えました。
今回のPBPでは、このPC内の配置図一覧をPDF化してスマホからいつでも見られる状態にしていました。
予想通り、今回のPBPでも各PCの施設配置はほぼ同じでした。この配置図があったことで迷うこと無く効率的に施設を回ることができ、時短に貢献してくれました。
駐輪場で自転車を見失わないようにする
前回のPBPでは駐輪場で何度も自分の自転車を見失い、それを探すために時間を浪費しました。
多分、合計で30分以上は自転車探しに使っていた気がします。
PBPの駐輪場は、列ごとにアルファベットが割り当てられており、これをちゃんと覚えていれば自分の自転車を見つけることは難しくありません。ただ、列のどの場所に置いたかは分からなくなってしまうことが良くあります。
そこで、今回は駐輪時に背景を含めて写真を撮っておく対策を取りました。
また、それでも見失ってしまった時に備えて、サドル裏に忘れ物タグを仕込んでいます。
この「Chipolo one」というタグの良いところは、アプリからの指示でタグから音を鳴らせる点です。
音を鳴らす機能自体は多くの忘れ物タグにある機能ですが、Chipolo oneはその音量がかなり大きいという特徴があります。騒然としているPCの駐輪場でも探しやすいと考えました。
今回はほとんどのPCで自転車を見失うことはありませんでしたが、往路のルデアックのみ自転車を見失いました。
慌てず騒がずアプリから音を鳴らす命令を送った所、タグからの音ですぐに自転車を見つけることが出来ました。
今回は駐輪場でのタイムロスはほぼ無かったはずです。
結果
PC/WP滞在時間は計画時点で20時間11分、実績は18時間51分でした。計画よりも1時間20分ほど短縮出来ています。
とはいえ、これは復路ケディヤックで睡眠予定だったものを、PC外のホテルで睡眠したからでもありますが。もし、ケディヤックで寝ていた場合、PC/WP滞在時間は予定とあまり変わらなかったと思います。
2019年のPC/WP滞在時間の実績は23時間36分なので、4時間45分ほどの短縮となりました。それにも関わらず睡眠時間は増えているので、無駄な時間のみを圧縮出来たということになります。
なお、私と妻以外に少なくとも2人は当サイトの配置図を印刷して携行していたとか。お役に立って何よりです。
食事
前回はPC内の食事を短時間で済ませるために、軽食コーナーでパンを買うか、売店で自転車用の補給食(エナジーバー等)を買っていました。
しかし、これでは糖質に栄養が偏りすぎることになり、タンパク質や繊維質が不足します。結果、体調不良に陥ってしまいました。
そうした反省から、今回はスタート前から「バランスの良い食事」を心がけ、スタート後もそれを継続しました。
バランスの良い食事を効率的に取るために立てたのが、「なるべくPCの外で食事を摂る」という作戦です。
PC内でバランスの良い食事を取ろうとするとレストランに行く必要がありますが、高確率で列に並ぶ必要があります。この時間が勿体ないと感じていたのです。
PC内のレストランは復路タンテニアックと、復路ドルーの計2回のみ使用。
その他に、野外にあることが多いガレットソーセージ(ブルターニュ地方の名物料理)は何度か買いましたが、基本的に食事はPCの外で食べていました。
ジャンクフードの代表格のように言われることが多いマクドナルドですが、ポテトをサラダに変更すると結構バランスの取れた食事になります。
食事の提供速度も早いですし、提供されるまでの間にガラガラのトイレに行けばタイムロスもありません。氷の入ったジュース(フランスでは貴重)が飲めるのもポイントが高いですね。
なお、ルート上にあるマクドナルドは以下です。
- フジェール(2件)
- ルデアック(1件)
- カレ・プルゲール(1件)
- ランデルノー(1件)
- ブレスト(2件)
割とPCのある街に集中していますね。
また、「PBP期間中に毎度のように店を開けてくれる参加者ウェルカムの店」というのが道中には結構あります。
リピーター参加者だと「前回はここの店で食べたな」という経験がある人が多いはずですが、その店は恐らく次回も同じように営業している確率が高いです。
PBP参加者ウェルカムの店にお金を落とす意味でも、こうした店には積極的に立ち寄って食事するようにしていました(そして毎回トイレも借りていました)。
睡眠
今回、走行中の戦略として最も重視したのが「睡眠の取り方」です。
前回のPBPではスタート時点で既に疲れていたこともありますが、細切れの睡眠が多く、眠い時間帯がかなり多かったことを覚えています。眠いとスピードも落ちますし、危険でもあります。
今回はその反省として、「無駄な時間を削ってその分を睡眠に回す」ことと、「毎晩必ず仮眠所(またはホテル)で寝る」ことを心がけました。
一言で表すと「健康的なブルベ」を目指したと言えます。
無駄な時間を削る
これは前述の通り、PC/WPでの無駄な動きを削ることで稼ぎ出そうと思っていました。
1日で終わるキャノボならばその分の時間は前進に回しますが、PBPは長丁場なので休息を優先します。
毎晩必ず仮眠所/ホテルで寝る
PBPは夕方スタートの1200kmなので、夜が4回あります。朝スタートなら夜は3回なんですが、これがPBPの厄介な所です。
今回、重視したのは「最初の夜の仮眠」です。具体的には、往路ヴィレンヌ・ラ・ジュエル(202km地点)で必ずしっかり寝ようと考えていました。
「最初の夜は元気なのでルデアック(436km地点)まで一気に走る」という方もいると思います。600kmで終わるブルベならばそれでいいんですが、PBPは1200km。日付にすれば5日間通しての戦いです。最初の夜に寝なかった分の睡眠負債は3日目あたりに取り立てがやってきます。
最初の夜にいきなり貯金を切り崩すのは勇気が要りますが、ここで「あえて寝る」ことが3日目以降に崩れないために大事なんじゃないかと思っています。
その上で、毎日の夜にきちんと数時間の質の高い睡眠を取ることで、睡眠負債を貯めないようにします。
往路ヴィレンヌでの仮眠所は暖房も効いていて、マットも厚く、隣の人との間隔もそれなりにあって「ちゃんと寝られる」仮眠所でした。
ここで寝た効果は大きく、2日目の速度維持に貢献してくれました。
2日目の夕方にケディヤックの仮眠所は使いましたが、これは眠かったと言うよりは暑さから逃げたかったのが理由。冷房は効いていませんでしたが、日陰なので外よりは全然涼しかったです。
2回目の夜は、WPのサンニコラ(483km地点)の仮眠所を使いました。
2回目の夜は多くの人がルデアック(436km地点)で仮眠します。私も過去2回はそうしていました。しかし、前回のルデアックでは仮眠所の隣でライブが行われており、地面に響き渡るバスドラムの音で中々寝付けなかった苦い思い出があります。また、ルデアックの仮眠所は冷暖房がないため、昼は暑く、夜中は非常に寒い。ルデアックの仮眠所では質の高い睡眠が取れないと考え、今回は避けました。
サンニコラは483km地点にあり、スタートから寝ないで到達するには遠い場所です。ただ、私は1日目の夜に202km地点で寝ているので、2日目の走行距離は281km。これくらいの距離は持つだろうと考えていました。そして、実際に眠くならずにサンニコラまで到達できました。
サンニコラの仮眠所は今回初利用でしたが、暖房もしっかり効いていて、隣の人との間隔も広く、良く眠れました。
あと、過去にも話題になっているが、カレ=プルゲールの仮眠所は、滅茶苦茶に遠い。
自転車乗り入れ禁止区画のため、赤線のとおり歩いていくしかないのだが、これだけで挫ける可能性がある。正直、次回も同じ配置なら、利用はお勧めできない。 pic.twitter.com/15eeNIGZFL— YOーTA (@wonderingdays) September 6, 2023
サンニコラの33km先にはPC:カレ・プルゲールがありますが、こちらの仮眠所は敷地のはずれにあり、かなりの距離を歩く必要があります。暖房も効いていないという話なので、睡眠の質を求めると選択肢から外さざるを得ません。
3日目の昼は、ブレストのPC内の芝生で30分ほど寝ました。クローズタイム前に到着できたので、クローズタイムまで寝る作戦です。
3回目の夜は、ルデアックのPC(783km地点)から2kmほど離れた場所にあるホテルに宿泊しました。
値段は高いですが(2人で12000円程度)、回復度合いは段違いでした。周囲に誰もいないプライベート空間を確保できるのも大きいですね。PBPは常に周りに誰かがいる状況なので……。
今回は復路だけしか予約出来ませんでしたが、次回があるなら往復共にルデアックでホテルを予約する気がします。
4回目の夜は2回寝ています。
1回目は1020km地点のヴィレンヌの仮眠所。予定では1101km地点のモルターニュまで行ってから仮眠のはずでしたが、それをやると4日目が最長距離になってしまうことに走りながら気づきました。
ということで、まだ周囲は明るかったですが、睡眠環境の良いヴィレンヌでシャワーと睡眠。良く眠れました。
ヴィレンヌで寝たにもかかわらず、1101km地点のモルターニュにも案外早く到着してしまったので、もう一度寝ていくことに。
隣との間隔も狭く、マットも1cmくらいしかないウレタン製で睡眠環境はあまり良くは無かったですが、暖房は効いていて割とすぐに眠れました。PCクローズ時刻まで睡眠。
仮眠所での入眠&起床方法
PBPの仮眠所は割りと騒音があったり、明るかったりすることが多いものです。
騒音と明るさは入眠の邪魔なので、今回はアイマスクと高機能な耳栓を使いました。
耳栓は、moldexのNRS33。かなり遮音性が高いです。ただ、地面を振動させるバスドラムには無意味ですが。
アイマスクは、めぐりズムのホットアイマスク。仮眠所は寒いだろうから……と思って最初は使っていましたが、途中から暑くなって腹巻きをアイマスク代わりに使っていました。
入眠も重要ですが、予定した時間にしっかり起きられることも重要です。
PCの仮眠所では指定時間に起こしてくれるサービスがありますが、確実なサービスではありません。自分の責任で、周囲に迷惑をかけないように起きる必要があります。
普通にスマホのアラームを鳴らして起きている参加者もいますが、迷惑なので私は別の方法を考えました。
かつてはイヤホンのみから音が鳴るアラームアプリを使っていましたが、寝ている間に耳から抜けていたことがあったので別の方法にすることに。
今回はスマートウォッチを付けて走っていました。スマートウォッチには音を鳴らさず本体の振動で時刻を知らせてくれる「振動アラーム」機能があります。
今回はこの機能で問題なく起きることができました。
結果
毎晩ちゃんとした所(仮眠所・ホテル)で寝ていたおかげで、走行中に眠気が来ることはありませんでした。カフェイン錠剤や、金の梅丹(カフェイン200mg入り)なども一度も使わず。
もちろん、渡仏後に毎日8時間は寝ていたこと、スタート日もギリギリまでホテルで寝ていたことも大きかったと思います。睡眠ボリュームは正義です。
「眠くなったら路肩やPCの床で寝る」という人はPBPではかなり見かけますが、睡眠の効率として見れば非効率だと思います。
寝るまでには通常、数分のラグがあります。これは短時間の睡眠でも長時間の睡眠でも変わりません。「3時間を一気に寝る」のと、「30分ずつ6回に分けて寝る」のでは、後者のほうが「寝るまでのラグ」が6倍長いことになります。のび太くんのように瞬時に寝られる人(彼は0.93秒で入眠するらしい)は別ですが、そうでないなら1度に長めの睡眠を取る方が効率的です。
また、寝るたびに身体は冷えてしまい、また温め直すのに時間が掛かります。それまでは走行ペースも落ちるわけです。
持ち時間が減るのは不安ですが、まとまった時間を確保してちゃんと寝るのが実は一番効率的なはずです。今回はそれを実践できました。
体調
スタート前にしっかり時差ボケを取って、食べ物にも気をつけたおかげでスタート時点の体調は非常に良かったのですが。
胃酸過多
2日目の夜、サンニコラでの仮眠から起床してからしばらくは胃酸過多に苦しみました。持参した胃薬(セルベール)でも一向に治らずに苦労しました。
恐らくは2日目の昼が暑すぎて、ひたすらに水を飲んでいたことが理由だと思います。水で薄めすぎた反動で胃酸過多になることは良くあるそうで。固形物をちゃんと食べていればよかったはずですが、あまり食べる気にならなかったのです。ちゃんと食べれば良かったですね。
結局、胃酸過多は自然には解決せず、ブレストの薬局で胃薬を購入しました。
胃薬って症状別に効く薬が全く違うので、効き目別に複数の胃薬を持っておくべきでしたね。それよりも、胃が不調にならないように気をつけるほうが優先ではありますが。
帰国してすぐにこちらの胃酸を抑える薬を買いました。
足攣り
今回のPBPは非常に気温が高く、汗をかきました。
汗をかくとリスクが高まるのが「足攣り」です。特にPBPはアップダウンを延々と繰り返すので、そこに暑さが加わると足攣りのリスクが高まります。
日本であればスポーツドリンクを飲むことで対処できるんですが、フランスではスポーツドリンクはまず売っていません(スポーツ専門店に置いてあることはある)。
私は最初の区間で足攣りの予兆を感じて芍薬甘草湯を投入しました。
その後、妻から「PCでは必ずバナナが売っている」という情報を聞きました。バナナはカリウム豊富で足攣りの予防には効果的なのです。
さて、「フランスではスポーツドリンクが売っていない」とは書きましたが、フランスの自転車乗りはスポーツドリンクをサイクリング中に飲んでいるようでした。どのような方法で飲んでいるのか?
ある時にPCの売店で気づいたんですが、こちらの記事のようなタブレットタイプのスポーツドリンクの素が売っていたんですよね。「SiS」というブランドのものです。SiSはチームイネオスと共同で製品開発を行っています。プロ選手お墨付きのスポーツドリンクの素なわけですね。
SiSの製品は日本ではなかなか手に入らないんですが、似たようなタブレットタイプのスポーツドリンクの素は日本でも売られています。
または、経口補水液の素などを持参するのも良いかもしれないと思いました。
後から確認したら、道中に飲んでいた「スーパーメダリスト」にもカリウムは含まれていました。知らず知らずのうちに救われていたようです。
ウェア
今回、一番アテが外れたのがウェア選択です。
「絶対に寒くなるだろう」と思って長袖ジャージばかりをフランスに持ち込みましたが、実際には連日の30℃超え(最高で33℃)。日本の夏よりは温度も湿度も低くてマイルドな暑さではありますが、それでもかなり苦戦したのは事実です。
日本から持ち込んだ半袖ジャージの数が足りず、現地でNAKAMURAという謎ジャージを購入して走りました。
とはいえ、夜はきっちり気温が下がるのもフランス。今回も12℃くらいまでは下がりました。
今回は夜間にスポーツ用の腹巻きを付けていましたが、これはとても良かったです。ジャケットを一枚着るよりも、こちらの方が暖かく感じるほど。内臓を冷やさないのも良かったと思います。
以上のように、今回のPBPは暑さも寒さもある天候でした。雨は降りませんでしたが。
これまで私は「PBPは5-30℃に耐えられるウェア戦略を」と言ってきましたが、今後は「5-35℃に耐えられるウェア戦略」が必要になりそうです。
地球温暖化により、PBPにも暑熱順化が必要な時代が来てしまったのかもしれません。
走り方
レポート中にも書きましたが、今回は「省エネ走法」を徹底していました。
PBPはほぼ平坦がなく、小さいアップダウンをえんえんと繰り返すコースレイアウトです。
ここで言う省エネ走法は、「登りはゆっくり」「下りはしっかり回してスピードを稼ぐ」「下りの勢いで次の登りを中腹まで登る」走り方を指します。
PBPのダウンヒルは見通しの良い直線道路であることが多く、ある程度まではスピードを上げられます。また、日本と違って谷底に信号が無いので、下りの勢いで次の登りをある程度まで登ってしまえるのも大きいですね。
この走り方はあまり疲れず、最後までペースを保つことが出来ました。
PBPは確かに1200kmで12000mほどの獲得標高はありますが、この走り方をすれば体感の獲得標高は2/3程度になります。
日本のように谷底に信号があるコースとは「獲得標高12000m」の体感が大きく異なりますので、そこは是非覚えておいてください。
妻と一緒に走った区間
今回のPBPは妻と2人で参加していましたが、一緒に走った区間は全体の1/4ほどにあたる300km程度です。900kmは別々に走っていました。
作戦としては「前待ち作戦」で、私が先行してルートやPC内の様子を妻に伝えるというもの。宿泊場所では合流し、お互いが寝坊しないように気をつけていました。
ブルベにおいて他の人と一緒に走る場合には、「走行ペース」と「睡眠ペース」を合わせる必要があると考えています。普段の生活はさておき、ブルベにおいては妻とこの2つのペースが合いません。
色々と試行錯誤した結果、「たまに一緒に走って、残りは別々に走ったほうが最終的に双方の負担が少ない」ということが分かりました。
夫婦でブルベに参加する場合、ずっと一緒に走るご夫婦のほうが多いとは思いますが、こういう走り方も一つの選択肢としてはアリだと思っています。
まとめ
今回のPBP前に立てた対策と、その対策が妥当だったかについて振り返りました。
気温が想定より5℃ほど高かった以外はほぼ計画通りに進みました。しっかりと過去の経験を活かして準備をしたことが実を結んだ気がします。
なお、今回の振り返りでは「PBPに向けたトレーニング」的な話は一切書きませんでした。実のところ、フィジカル面で特別なトレーニングはしていなかったからです。
PBPにエントリー出来ている時点で、PBPまでの半年以内にSRを達成している必要があります。200/300/400/600kmを1回ずつは必ず走っているわけです。
タイムを狙うのでなければ、フィジカル面は恐らくこれで十分仕上がっているはず。だからこそ、PBP側としてもエントリー資格を「当年のSR」としているのでしょうし。
もちろんブルベにエントリーしまくって筋肉で殴るのも一つの戦略ですが、PBP前の数週間は疲労抜きの期間を作ったほうが良いでしょう。
あとは、「いかにいつもの体調でスタートに立つか」、そして「体調を崩さないように走るか」。
ロングライドの極意は「サドル上でいかに”生活”をするか」と言われることもあります。日々弱っていってゴールで倒れるような走り方ではなく、体調を落とさずに毎日きちんと回復出来るような走り方が一つの理想であるということです。
本来持っている走力を削がないようにするのが大切なのではないかと感じた2023年のPBPでした。