青森→東京 耐久ラン ⑥宇都宮→日本橋

宇都宮バイパス

宇都宮に入った。ここから、R4は二股に分かれる。本道とバイパス。今回はバイパスを使う。

宇都宮から越谷まで、約80kmもの区間を走る通称「新4号バイパス」は、ほぼ全編通して自転車通行可能なバイパスである。交差する道の多くは陸橋で回避可能なため、信号にもほとんど掛からずに距離を稼げる高速区間だ。

ただし、その分、車もスピードを出しているため注意が必要である。まだ十分に明るい時間ながら、テールライト・フロントライトを共に点灯し、バイパスに突入した。

ここから東京までは110km、調子がよければ4時間で日本橋まで至ることができる。

しかし、さすがにここまで600kmを走ってきた体にはそこまでの余力は無い。良くて5時間といった所だろうか。この時点で時間は15時30分。東京到着は20時30分前後になるだろう。

バイパスでは車の走行風に加えて、追い風の力もあり、時速35km巡航。しかし、時折現れる陸橋に入ると、途端にペースダウンする。膝が痛いのもあるが、足の前側の筋肉が疲れている。登りでは平地に比べて車とのスピード差が大きくなるため、路側帯に入ってやり過ごす。路側帯から出る時には大げさなほどに手信号を出す。ここまで無事に来たのだ、最後まで安全に走りたい。

頼もしい応援

17時05分、最後の休憩地点となるローソン三和町上片田店に到着。しっかりと補給をし、ストレッチも念入りに行う。そして手持ちラストのアミノバイタルを投入。これでゴールまで何とか筋力が持ってくれれば良いのだが……。

と宣言。これでリタイヤは許されなくなった。残り2時間20分で64km、なんとかなる。

休憩を終えて出発するころには、辺りはかなり暗くなっていた。2度目の夜の始まり。今度の夜は1度目ほどは長くないはずだ。

道の駅「しもつけ」の前を抜けると、まもなく栃木県は終わり、茨城県へ。そしてすぐに利根川に辿り着く。昼間であれば利根川のパノラマを拝むことができるが、今の時間帯ではただ闇が広がっているのみ。さっさと通過てしまおうとすると――

「…さん!!baruさん!」

振り返ると、本日二度目の反射ベストを着たサイクリストが。しかし顔に見覚えはない。

「失礼ですが、お名前は……」
「”ゆ”です!!」

ママチャリで東京名古屋を20時間以内に駆け抜ける男、ゆさんであった。

昨年のTOT(下記レポート参照)にも参加してくれていたのだが、道中逢うことは出来なかった。まさかここで初対面を迎えることになろうとは。

関連記事

「キャノボ達成者は次に何を目指すのか?」 2011年9月、キャノボスレでこんな話題が上がった。 「日本版PBPで、往復とか…」 「東京ー大阪―東京…TOTか。なんかトイレみたいだ」 「TOT」の呼称が生まれた瞬間である。 まさか一年後[…]

IMG

「前を牽きましょうか?」とご提案を頂いたが、丁重にお断りする。耐久ランは、あくまで自分の力を試すもの。人に牽いてもらってはいけないのだ。後ろに入ってもらい、しばしパックでR4を走る。一人で走るのに比べて何と心強いことだろう。

ゆさんとは、幸手市でお別れ。「頑張ってください!」と言うエールに背中を押され、走りだす。その後の、ゆさんのツイートはこれである。

思わぬ出会いにテンションは上がり、いつの間にか膝の痛みも忘れていた。その勢いのまま、春日部~越谷を抜ける。ここに来てグロスの平均時速は25kmを超えていた。この勢いで最後まで行けるだろうか?ここで走行距離は700kmの大台を越える。

ついに東京入り!

草加市が終わればついに東京都に突入である。

しかし、ここからがR4の厄介なところ。自転車がスムーズに通行出来ない陸橋が3連発で出現する。1発目は埼玉と東京の間に掛かる「毛長川橋」。この橋は自転車通行禁止なのだ。橋の脇に迂回路はあるが、東京からだと右側に渡らねばならない。ここを回避するには、「谷塚仲町」の交差点で右折し、K49を使用する。信号は多いが、スムーズに都内に入ることが出来た。

さて、ついに東京都に入った。残り2つの陸橋の越え方を記憶の中から呼び起こす。まずは荒川に掛かる「千住新橋」。この橋は一旦、スロープで土手の上に上がり歩道で渡るのが正解。続いて隅田川に掛かる「千住大橋」。ここは、橋の手前の側道に入り、スロープから歩道に入る。道なりに行けば、南千住の交差点で車道に復帰できる。

三ノ輪駅前を通過しようとしたところで、歩道にいる人に「がんばって!!」と声を掛けられた。全く不意の出来事だったので会釈のみを返したが……どこかで聞いたことがある声。もしかして……と思い、

とツイートすると、すぐにご本人から返事が帰ってきた。ニコ生自転車部のチームメイトのしんやさんであった。残り数km、頂いた力で更にケイデンスは上がる。

ゴールの時

昭和通りまで来ると、本格的に「東京に帰ってきた」感じがする。ここまでの道のりで東北・関東の都市を駆け抜けてきたが、やはり東京のスケールと明るさは別格。上野駅脇の首都高など、正に「大都会」を感じさせる。

秋葉原駅前で、サイクルコンピュータの時計が20時ちょうどを知らせる。密かに「36時間を切れるのでは」と思っていたが、やはり都内でグロス時速20kmをキープするのは難しい。

残り3km……2km……1km。

ゴールが近づくに連れ、増える信号がもどかしい。思えば、今回も幾つもの壁に行く手を阻まれた。

向かい風には何度も心を折られそうになった。
残り250kmで膝を痛めた時には、リタイヤも考えた。

しかし、そこで諦めなかったからここまで来ることが出来た。あと少し。もうすぐ、すべてが終わるのだ。

「江戸橋北」交差点を右折し、一直線に元標の広場へ飛び込む。最後の信号は「青」だった。

 

次のエピソード

満身創痍のゴール 20時05分、R4の始点・日本国道路元標前にゴール。スタートから実に36時間05分が過ぎていた。 まずは、応援して頂いた人たちに報告をしなくてはならない。 20時05分、到着!724km、36時間05分でした[…]