「携帯電動ポンプ」+「TPUチューブ」の注意点

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最近流行りの2つのアイテム、「携帯電動ポンプ」と「TPUチューブ」。この2つを組み合わせて運用しようという方も多いとは思いますが、この組み合わせにはいくつかの注意点があります。

本記事では注意点と、その対策について書いていきます。

目次

まえがき

まずはこの記事を書くことにした動機から。

バルブが溶けたTPUチューブの画像を見る

本日、Twitterのタイムラインを眺めていると、「TPUチューブのバルブが溶けた」という画像が流れてきました。どうやら携帯電動ポンプで空気を入れた結果こうなったようです。

そのツイートへの反応を見ると、「電動ポンプでこんなことになるんだ……」という内容が多く見られました。

……もしかして、電動ポンプ+TPUチューブという組み合わせは中々リスキーだということがあまり知られてないのでは……?

CYCPLUSの携帯電動ポンプ「AS2 Ultra」

携帯電動ポンプもTPUチューブも相当の数を触ってきた私にしてみれば、「注意を要する組み合わせである」ことは当然だと思っていました。しかし、どちらのアイテムも登場から数年しか経っていない新しいアイテムであり、その2つを組み合わせて使ってみた人は案外多くないのかもしれません。

これから増えそうな事故に対する警鐘

しかし、携帯電動ポンプもTPUチューブも急速に一般化が進んでいるジャンル。これから組み合わせて使う人はどんどん増えるはず。恐らく、この組み合わせで事故が発生することは今後もあるでしょう。

GueeのTPUチューブ「AEROLite」

ただ、予め「発生しうる事態」「起きる仕組み」「回避方法」を知っておけば未然に事故を防げるはず。

「携帯電動ポンプ」+「TPUチューブ」はリスキーな組み合わせではあるのですが、ポイントを抑えておけば事故の発生を避けることは十分に可能です。

本記事ではそういった内容を伝えることを目的としています。

起きうる事故と理由

携帯電動ポンプ+TPUチューブの組み合わせで誤った使い方をすると、以下のような事故が起きる可能性があります。

  • TPUチューブのバルブステムが、携帯電動ポンプの熱で溶ける/膨張する。
  • TPUチューブのバルブ根元の接着が、携帯電動ポンプの熱で溶けて剥がれる。空気が漏れてパンクする。

どちらも「熱」が原因で起こります。

端的に言うと、「携帯電動ポンプは高熱を発生させる」「TPUチューブは高熱に弱い」ため、この2つを組み合わせると事故が起きやすいというわけです。

ここからは、電動ポンプとTPUチューブの「弱点」について詳しく書いていきます。

携帯電動ポンプは高熱を発生させる

手のひらサイズながら、ロードバイク用タイヤの高圧にも対応する携帯電動ポンプ。実はかなり発熱することは意外と知られていません。なんと、場合によっては100℃を超えます

これらの発熱は「モーターによる発熱」と「断熱圧縮」の合わせ技で起こっているものと思われます。

モーターによる発熱

携帯電動ポンプは、本体内部モーターの回転運動をピストンの往復運動に変換することで空気を送り出しています。

携帯電動ポンプのバッテリーは3.7V/400mAh前後のバッテリーが2個積まれていることが多いのですが、これだけの電力を約3分で使い切ります。消費された電力の一部は熱に変換されるわけで、電動ポンプの本体はかなり熱くなります。

ELXEED BL01の延長ホース根元の温度(101.6℃)

発熱の仕方は携帯電動ポンプのブランドや機種によっても異なるのですが、基本的に使用時間が長くなるほど高熱になります。高圧まで入れようとしたり、複数のタイヤに連続で空気を入れようとすると、どんどん熱くなっていきます。

以下に示すのは、携帯電動ポンプの人気機種、「ELXEED-BL01」と「AS2 PRO」に延長ホースを取り付けた上で、6.0気圧までの充填を連続で3セット実施し、各セット終了時の本体表面温度と、延長ホース根元の温度を非接触式温度計で計測したデータです。

充填回数ELXEED-BL01AS2 PRO(ケース無)
1回目本体:50℃
ホース根元:83℃
本体:48℃
ホース根元:49℃
2回目本体:76℃
ホース根元:101℃
本体:60℃
ホース根元:63℃
3回目本体:82℃
ホース根元:112℃
本体:69℃
ホース根元:66℃
充填完了時の表面温度

恐らく皆さんが想像するよりもずっと温度が高いのではないでしょうか? 50℃を超えると素手で持つのは辛く、70℃を超えると触るだけで「熱ッ!!」となる温度です。

BL01のホースには注意書きが

特に熱くなるのは口金~延長ホース根元部分です。写真では警戒を促す「HOT」というシールが貼ってありますが、ここを触ってはいけません。

後述する断熱圧縮も加わるため、この接合部分がかなり高温になります。製品にもよりますが、口金~ホース根元の部位は、120℃近辺まで上昇することを確認しています。

CYCPLUS「AS2」のシリコンケース

これだけ熱くなる本体で火傷することを防ぐため、機種によっては断熱効果のあるシリコンケースが付属することもあります。

断熱圧縮による発熱

物理現象で「断熱圧縮」というものがあります。

簡単に言うと、「気体を圧縮すると温度が上がる」ということです。「ポンプでチューブに空気を入れる」という行為はまさに「気体を圧縮する」ということであり、気体の温度が上がります。

手動のポンプも高圧になるとポンプヘッドが熱くなる

手動の携帯ポンプで空気を入れる際、5気圧を超えるとポンプヘッドが熱くなった……という経験はないでしょうか? あれはまさに断熱圧縮によるものです。

携帯電動ポンプの場合、どの部位で断熱圧縮が起きているかは私もよく分かっていないのですが、チューブ内の空気圧を上げるという仕事をしている以上は、断熱圧縮による温度上昇が起ります。

つまり、携帯電動ポンプからチューブ内に入る空気は、周囲よりも高い温度になっているはずなのです。

TPUチューブは高熱に弱い

PanaracerのTPUチューブ重量

ブチルチューブに比べて半分近い重量を実現したTPUチューブ。手軽に軽量化を実現できるということで、近年使用者を増やしているアイテムです。

そんなTPUチューブですが、「熱に弱い」という弱点があります。熱によって溶けたり剥がれたりということが起きるため、TPUチューブは熱から遠ざけなければならないのです。

TPUチューブの場合、熱に弱い部分は大きく2つあります。「樹脂バルブ」と「バルブ根元の接着」部分です。

樹脂バルブ

ブチルチューブ(アルミバルブ)

一般的なブチルチューブの場合、バルブの素材はアルミです。

TPUチューブ(樹脂バルブ)

これに対し、TPUチューブには一般的に樹脂バルブが採用されます。

以下の記事には日本国内で手に入るTPUチューブのスペックを一覧化していますが、バルブ素材は大半が「樹脂」です。

樹脂バルブが採用される理由には諸説あるのですが、一番の理由は「TPUと金属の接着が難しいから」だとされています。このため、TPUと接着しやすいポリマー系の樹脂バルブが採用されるわけですね。

ところが、アルミに比べるとポリマー系樹脂は熱に弱いという特徴があります。

アルミの場合、溶ける温度は500℃前後。一方、ポリマー系樹脂は素材にもよりますが、100~120℃で溶け始めます。……そういえば、電動ポンプの口金部分の温度も確か同じくらいの温度でしたね?

バルブ根元の接着

もう一つの弱点が、バルブ根元の接着部分です。

TPUチューブは、バルブとチューブ本体を「接着」して気密しています。溶着などはしておらず、接着剤で付けているわけです。

使われている接着剤にもよりますが、モノによっては100℃前後で溶け始める場合もあるようです。ここで接着剤が溶けてしまえば気密は保てなくなり、パンク状態になります

私は過去にリムブレーキのバイクにTPUチューブを入れた状態で箱根を下った際、降りきった所でスローパンクをした経験があります。パンク箇所を調べてみるとバルブの根元。接着が少し剥がれており、そこから空気が漏れていたのでした。リムブレーキであったため、ダウンヒルのブレーキ熱がバルブ根元に伝わり、接着剤が溶けたのでしょう。

実際のところ、チューブのTPU素材そのものが溶けるよりも、根元の接着剤が先に溶けるパターンのほうが多いのではないかと思われます。TPUの融点は150~220℃くらいの範囲とされており、接着剤やバルブよりも高温に耐えるはずだからです。

携帯電動ポンプ+TPUチューブで起きる事故

さて、以上を踏まえて、携帯電動ポンプでTPUチューブに空気を入れる時のことを考えてみましょう。

例えば、携帯電動ポンプを、樹脂製バルブのTPUチューブに直接取り付けたら……口金部分の温度で樹脂バルブが溶けるかもしれません

樹脂バルブが溶けなくても、熱がバルブの根元に伝わって接着剤を溶かしてしまうかもしれません

このような仕組みで事故が起こるわけですね。

事故の発生を避ける方法

では、携帯電動ポンプとTPUチューブの組み合わせは避けたほうが良いのか?

実はそうでもありません。ポイントを抑えてさえいれば、この組み合わせでも事故の発生確率を大幅に下げることは可能です。

ここからは、事故の発生確率を下げるポイントを紹介していきます。

ポンプ側: 延長ホース(出来れば長いもの)を使う

一番シンプルかつ有効な方法は「延長ホースを使う」ことです。

前述の通り、一番熱を持つのは「電動ポンプ本体の口金」部分です。ここからバルブまでの距離を遠ざけることで、熱がバルブに到達することを避けるわけですね。

昨今の携帯電動ポンプには、付属品/オプションとして延長ホースが用意されている場合が多いものです。TPUチューブに空気を入れる場合には、延長ホースを必ず使いましょう

CYCPLUS「AS2 PRO」マニュアルより引用
TREK「Air Rush」マニュアルより引用

実は、この話は大抵の携帯電動ポンプのマニュアルに書いてある内容です。携帯電動ポンプメーカーもこの問題は把握しており、その回避手段として延長ホースを用意しているわけですね。マニュアルをしっかり読み、適切な手段で延長ホースを取り付けてください。

また、延長ホースは、長ければ長いほどバルブ部分に伝わる熱を下げてくれます。こんな実験をやってみました。

CYCPLUS「AS2 PRO MAX」を使用。延長ホースをさらに延長するホースを取り付け、6.0気圧までの充填を2セット実施し、5箇所の温度を非接触温度計で測定します。

結果は、以下のようになりました。

1回目37℃44℃37℃29℃29℃
2回目45℃56℃54℃36℃30℃

一番熱いのはやはり「②本体口金」。そこから遠くなるごとに温度は下がっていくことが分かります。「⑤ポンプヘッド」では、ほぼ室温になっていました。

また、電動ポンプに付属する延長ホースはかなり短いこともあってか、「③ホース接合部」の部分では結構高温になっていることもわかります。短い延長ホースだと、結構バルブに熱が伝わっているということです。

【即納】【M便】CYCPLUS AS2用 延長ホース 仏/米式 TINYPUMP CUBE サイクプラス

例えばCYCPLUSの場合には、別売りのオプションでロングタイプの延長ホースも販売されています。熱から少しでも遠ざけたい場合はこういったホースを使ってもよいでしょう。

ポンプ側: 電動ポンプを連続使用しない

電動ポンプは連続して使用する時間が長いほど高温になります。

一度空気を充填したら連続で使用することはせず、一定の冷却時間を置いたほうが良いでしょう。普通は連続で2本充填する機会はなかなか無いはずですが。

ポンプ側: 発熱の少ない電動ポンプを使う

電動ポンプもメーカーや機種によって発熱のしやすさが異なります。

私がこれまで触った中では、CYCPLUSの携帯電動ポンプはどれも性能に比して発熱量が小さかったです。最小の「AS2 Ultra」は小型化を優先したためか発熱量がやや大きかったですね。発熱量で見るならば、「AS2 PRO」の方が優秀だと思いました。

チューブ側: アルミバルブのTPUチューブを使う

TPUチューブの大半は樹脂バルブですが、一部のブランドはアルミバルブを採用しています。アルミバルブのTPUチューブであれば、バルブそのものが溶ける事態は避けることが出来ます。

ただし、前述の通り「熱がバルブの根元まで届く」可能性があるので、金属バルブであっても延長ホースの使用を推奨します。

アルミバルブを採用したTPUチューブを販売するブランド
  • Eclipse(アルミ)
  • Guee(アルミ)
  • Panaracer(アルミ+樹脂)
  • CYCLAMI(アルミ、アルミ+樹脂)
  • RideNow(アルミ+樹脂)

アルミバルブを採用したチューブの例を紹介します。

Guee「Aerolite」

Guee「Aerolite」

台湾メーカー「Guee」のAeroliteはアルミバルブを採用しています。TPUチューブとしても性能が良く、オススメの一本です。価格はTPUチューブとしてはミドルグレードですが、それだけの価値はあります。

Panaracer「Purple Lite」

Panaracer「Purple Lite」

日本メーカー「Panaracer」のPurple Liteは、「根元が樹脂」「途中からアルミ」というハイブリッド素材のバルブを採用しています。全体がアルミのバルブに比べると溶けるリスクは0にはなりませんが、熱源から遠い場所に樹脂部分が来るのでリスクは大幅に下がっているはずです。

1980円と安い割に品質はしっかりしており、こちらもオススメのTPUチューブです。

まとめ

「携帯電動ポンプ」+「TPUチューブ」を組み合わせて使う場合の注意点と、その回避方法について紹介しました。

「熱」の話は、携帯電動ポンプ・TPUチューブの記事で個別に何度も言及してきました。ただ、その2つを組み合わせた場合に起こる現象についてはほとんど書いてこなかったので、この機会に詳しく書かせて頂きました。

携帯電動ポンプもTPUチューブも最新鋭の便利なアイテムです。ただ、組み合わせて使うには注意が必要です。本記事で紹介したポイントを意識して、安全にご利用ください。

著者情報

年齢: 40歳(執筆時)
身長: 176cm / 体重: 82kg
自転車歴: 2009年~
年間走行距離: 10000~15000km
ライドスタイル: ロングライド, ブルベ, ファストラン, 通勤
普段乗る自転車: GHISALLO GE-110(カーボン), QUARK ロードバイク(スチール)
私のベスト自転車: LAPIERRE XELIUS(カーボン)

# 乗り手の体格や用途によって同じパーツでも評価は変わると考えているため、参考情報として掲載しています。
# 掲載項目は、road.ccを参考にさせていただきました。
# これまでに著者が乗ってきたスポーツ自転車の履歴はこちらの記事にまとめています。

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この記事を書いた人

ロングライド系自転車乗り。昔はキャノンボール等のファストラン中心、最近は主にブルベを走っています。PBPには2015・2019・2023年の3回参加。R5000表彰・R10000表彰を受賞。

趣味は自転車屋巡り・東京大阪TTの歴史研究・携帯ポンプ収集。

【長距離ファストラン履歴】
・大阪→東京: 23時間02分 (548km)
・東京→大阪: 23時間18分 (551km)
・TOT: 67時間38分 (1075km)
・青森→東京: 36時間05分 (724km)

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