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SPINERGYとiRCの車いすスポーツにおける活躍
近いようであまり知らない車いすスポーツ業界の話を書いてみます。
まえがき
まずはこの記事を書いたキッカケから。
Pixel8のCMでホイールに目が行く
テレビを見ていると、Googleのスマートフォン「Pixel8」のCMが流れました。
こちらCMですね。車いすテニスの世界的な強豪である小田凱人選手です。
ラストシーンで小田選手の車いすが斜め方向から映るのですが……おや、このホイールはSPINERGYじゃないか?
そして、付いているタイヤも赤色の見慣れたロゴ。これはiRCのタイヤですね。
妻がSPINERGYのホイールユーザーで、私もiRCのロードタイヤを使ったことがあります。見覚えのあるブランドが他の業界でも活躍しているんだなーと少し嬉しくなりました。
車いすスポーツでトップブランドのSPINERGYとiRC
考えてみれば、自転車も車いすも「車輪の付いた乗り物」です。乗るのも人間一人ということで、同じような会社がホイールとタイヤを作っていても不思議はありません。
実は「車いすスポーツ」においては、今回取り上げた「SPINERGY」も「iRC」も極めてメジャーであり、世界的に見てもトップブランドに数えられるブランドです。
冒頭の動画の小田凱人選手もこの2ブランドのユーザーですが、車いすテニス界における伝説的プレイヤーである国枝慎吾選手(引退)もSpinergy+iRCユーザーでした。
今回はこの2ブランドについて、「車いすスポーツではどのような立ち位置なのか」を調べた結果を書いていこうと思います。
SPINERGY
SPINERGYはアメリカのホイールブランドです。
普通、ホイールのスポークと言えば金属(ステンレス or アルミ)。一方、SPINERGYはザイロンという強靭な繊維を22000本束ねた「PBOスポーク」を用いている点が特徴です。
繊維を束ねているのは樹脂製の筒。樹脂製なので着色は容易であり、9色のスポークカラーが選べるようになっています。
サイクルスポーツ界におけるSPINERGY
日本の自転車界隈でスピナジーの名が知られるようになったのは、「REV-X」というバトンホイールが最初だったと思います。
使用禁止になった?REV-X
このホイールは4本のバトンが付いていましたが、刃のように薄いのが特徴でした。正確なソースは発見できませんでしたが、落車時に事故があって使用禁止になったという噂があります。
ザイロンスポークとカラーバリエーションで人気に
2010年頃からは、ザイロン繊維を使用したPBOスポークのホイールをショップで見かける機会が増えました。前述の通り、スポークのカラーが9種類もあって店の中でも目立っていたのです。
私の妻も愛用ユーザーの一人で、おそらく3セットはスピナジーのホイールを持っています。ピンク色にこだわる妻としては、ピンクスポークを選べるスピナジーは唯一無二の存在でした。
本国サイトには、スポーク一本一本の色を指定してオーダー可能なシステムも構築されています。
ザイロンスポークの乗り味
スピナジーのPBOスポークは繊維を束ねたもの。乗り味も独特です。
よく言われるのが、地面からの突き上げが緩和されるという点。柔らかい繊維を引っ張って固定しているため、衝撃吸収性が高いのです。メーカーによると、ステンレススポークよりも25%乗り心地が良くなるとか。
私も一度妻に借りて「Z-LITE PBO」というホイールを試したことがあります。
たしかに地面からの突き上げは如実に減ります。リムとハブは特筆するスペックではなかったので、スポークの素材一つでここまで変わるのかと驚いた記憶があります。
ただ、ホイールの横剛性の低さも同時に気になりました。コーナーを曲がる際にホイールが少し外側に逃げる感覚があるというか。多分、軽量ライダーなら気にならない範囲なのでしょうが、重量級の私には向かないな…と思ったことを覚えています。
最近のスピナジー
かつてのスピナジーは、スポークが円筒形でした。
これは空力的にあまり良いとは言えなかったためか、近年は平たい形状のエアロスポークに変化しています。
また、その引張強度の強さから、ディスクブレーキ用ホイールでは業界最小クラスのスポーク本数である16本のホイールをリリース(主流は24本)。空力性能を高めています。
近年はザイロンスポークの乗り心地の良さを活かし、グラベル用ホイールに力を入れているようです。
ただ、日本のスピナジー代理店であるインターマックスは閉業してしまったという噂もあり、果たして国内で購入できるのかは不明。
車いすスポーツ界におけるSPINERGY
自転車界でもそれなりに名の知られたスピナジーですが、どうやら現在の主力事業は車いすスポーツ向けのホイールのようです。
公式サイトを開いても、最初に表示されるのは車いす用コンテンツ。自転車は二番目です。
パラリンピックでメダルを独占
スピナジーの車いす用ホイールのページを開くと以下の文章があります。
Spinergy 車いすスポーツ ホイールは業界で最も優勢な機器であり、パラリンピック メダリストの 97% (最近のパラリンピックでは 105 人中 102 人) が勝利のためにこのホイールを使用しています。
なんとメダリストの97%がスピナジーユーザー。圧倒的です。
実際、Googleの画像検索で「車いすテニス」「車いすバスケ」のワードで出てくる画像はスピナジーだらけ。他のブランドのホイールを探すほうが難しいほどです。
SPINERGYの圧倒的シェアの理由
では何故、スピナジーが車いすスポーツでこれほど圧倒的な支持を得ているのか? 車いすバスケ方面の方から以下の記事を教えていただきました。
車いす用のホイールを扱う店のブログです。こちらの記事から該当部分を引用します。
スピナジーが普及する以前は、普通の鉄やステンレス製スポークでした。
しかし、車いすバスケやテニス特有のキャンバー(回転性を重視しホイールがハの字に取り付け)があるため、急ターンをすると見るも無残にスポークが折れたり外れたりしたのです。
また、折れるまでいかなくても、スポークが弛みまくり、真っ直ぐ進まなくなったり、ホイール自体が曲がってしまったりするため、メンテナンスも大変だったことを思い出します。当時は、年に何度もスポークの張り替えや調整をしました。
なるほど! 確かに車いすバスケや車いすテニスで使われる車いすのホイールは斜めに角度が付いています(角度をつけるのは回転性能を上げるためらしい)。そこに、急旋回の動きが加わると、金属スポークでは耐えきれない…と。
一方、ザイロンスポークは繊維の束。テンションを掛けていない状態では普通に曲がるほどに柔らかく、折れることはありません。
ザイロンは、このスポーツにうってつけのスポーク素材だったわけですね。そりゃ流行る。
なお、比較的自転車に近い動きをする車いすマラソンでは、普通に金属スポークのホイールが使われるようです。検索してみると、ZIPPやCORIMAといった自転車界でもお馴染みのホイールが使われていました。
iRC
iRCの正式名称は「井上護謨工業」。日本の会社です。
自動車用のタイヤは製造しておらず、主に二輪(モーターサイクル・自転車)用タイヤを製造しています。
ちなみに、iRCの最初のIは小文字が正式であるようです(Twitterのプロフィールもそうなっている)。
サイクルスポーツ界におけるiRC
国内の自転車用タイヤメーカーとしては、Panaracerと並んで人気があるiRC。
Spinergyとは異なり、メーカーサイトの筆頭にあるのは自転車用タイヤのページです。
iRCのロードバイクタイヤ
iRCのロードバイクタイヤといえば「チューブレス」を抜きに語ることは出来ません。
世界レベルで見ても、ロードチューブレスに最も早くから取り組んでいたのがHutchinsonとiRCです。iRCの初代ロードチューブレスタイヤは2007年に発売されています。
現在販売されている「RBCC」は5世代目となるロードチューブレスタイヤです。
最近はフックレスリムへの対応にも力を入れており、世界唯一(?)の、「フックレス対応クリンチャータイヤ」なるものも発売しています。
ちなみに、以前当サイトで開催したロードバイク用タイヤのアンケートでは、iRCが5位にランクインしました。
オフロード・グラベルに強いiRC
iRCのタイヤは、オフロード系での人気が非常に高いようです。
ロード用だと一番最初に選択肢に上がってくることは稀ですが、シクロクロスやグラベルでは指名買いされるケースが多いと聞きます。チューブレスのノウハウの高さから来るものかもしれませんね。
今月のサイクルスポーツ誌には、アメリカの人気グラベルレース「Unbound Gravel」のレポートが載っていましたが、そこでもiRCのグラベルタイヤの人気が高いことが伺えました。
ちなみに、iRCはUnbound Gravelのオフィシャルスポンサーも務めています。
車いすスポーツ界におけるiRC
iRCのサイト内には車いすスポーツ用タイヤの専用ページがあります。
EXERACER PRO
車いすスポーツ界で多くの選手が使用しているタイヤが「EXERACER」シリーズです。
テニスコートや体育館など、滑りやすい床で高グリップを発揮する設計になっているとのこと。
車いすテニス、車いすバスケの両方で使われるタイヤのようで、国枝慎吾選手(車いすテニス)や藤本玲央選手(車いすバスケ)のインタビューが掲載されています。
チューブレスのイメージが強いiRCですが、EXERACERシリーズはクリンチャーのみの展開のようでした。
なぜカラータイヤだけなのか
EXERACERのカラーバリエーションを見ると、すべて接地面が赤系のカラータイヤになっていることが分かります。
以前、サイクルモードでiRCのタイヤ開発責任者の山田さんからこんな話を聞いたことがありました。
車いす競技用のタイヤって、必ずカラータイヤなんです。
なぜかと言うと、黒いトレッドだと床に跡が残ってしまうから。そのため、跡が付いても目立ちにくい色のものを使うことが多いんです。黄色・ピンク・赤など、床に近い色のトレッドを採用します。
体育館シューズのアウトソールの色は体育館の床に近い色をしてますよね。それと同じ理由です。
はー、なるほど。確かに冒頭の動画の小田選手や国枝選手も赤~オレンジ系の色のタイヤを使用していることが分かります。
車いす競技用タイヤ開発の経験から、iRCにはカラータイヤ開発のノウハウがかなり蓄積されているようでした。
まとめ
SPINERGYとiRCの(自転車乗り的には)知られざる一面を調べてみました。
特にSPINERGYはロード界隈ではキワモノに近い評価をされている感じはありますが、車いす競技では正当も正当であるという点が興味深いですね。動き方が変わると、スポークに求められる性能がこうも変わるとは。
朝に見たCMから、なかなか面白い知見を得ることが出来ました。
今年の夏はオリンピックに続いてパリパラリンピックも開催されます(8/28)。車いすスポーツも今回は見てみようと思っています。
著者情報
年齢: 39歳(執筆時)
身長: 176cm / 体重: 82kg
自転車歴: 2009年~
年間走行距離: 10000~15000km
ライドスタイル: ロングライド, ブルベ, ファストラン, 通勤
普段乗る自転車: GHISALLO GE-110(カーボン), QUARK ロードバイク(スチール)
私のベスト自転車: LAPIERRE XELIUS(カーボン)
# 乗り手の体格や用途によって同じパーツでも評価は変わると考えているため、参考情報として掲載しています。
# 掲載項目は、road.ccを参考にさせていただきました。